新・特許ウォーズ:
米ファンドが買い漁る世界の技術
週間ダイヤモンドの記事を素材にした「示唆・学び」の共創・創発の場
新・特許ウォーズ」
米ファンドが買い漁る世界の技術
自らの技術と事業を守るために存在してきた特許の使命が変貌しつつある。
企業における事業の“選択と集中”によって、産業構造が水平分業型に移行し、「オープンイノベーション」が進展するなかで、研究開発の成果を移転する手段、いわば「マネー」となったのだ。
それを絶好の商機と捉え、マイクロソフトの幹部らが設立した「ファンド」が、日本をはじめとする世界の特許を買い漁っている。
一方、米国では、「19世紀以来の特許制度の大改革」が行われようとしている。
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【目次】
1.すでに日本の九大学が特許を丸投げ、インテレクチュアル・ベンチャーズの正体
1.1 大学に日参するIVの狙い:生産者と消費者のマッチング
1.2 富士通は不要な28の特許を売却
1.3 パテント・トロールか、マイクロソフトの別動隊か
2.質の高い特許が流通する効率的な市場を創設する
3.特許をめぐる3つの環境変化
3.1 グローバル化
3.2 南北問題
3.3 技術の高度化
4.横行するパテント・トロール(特許の怪物)、ビジネスリスクに身構える企業
4.1 特許紛争の増加、研究成果は特許に反映されず
4.2 特許を供与するIBM、集めるマイクロソフト
5.19世紀以来の大制度改革、米パテント・リフォーム(特許法改正)の行方
5.1 米国の特許制度の大改革: 注目すべき3つの改正点
5.2 ITを駆使した審査のワークシェアリングを
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1.すでに日本の九大学が特許を丸投げ、
インテレクチュアル・ベンチャーズの正体
特許を転売して利益を稼ぐブローカーは世界にあまた存在するが、世界中の特許を買い漁り、ライセンスするビジネスは、並の力量では成立しない。
そこにスーパースターが集結した米ファンドが台頭した。
その目的は権利の乱用か、イノベーションの創発か。
1.1 大学に日参するIVの狙い:生産者と消費者のマッチング
昨年秋、東京大学工学部のある著名教授の元に、聞きなれない社名の企業から、面会を要請する電話が入った。
接触してきたのは、
米インテレクチュアル・ベンチャーズ(IV)の日本オフィスの幹部だった。
IVは、マイクロソフトの元CTO(最高技術責任者)のネイサン・ミアボルド氏らが2000年に創設、特許に投資するファンドを運営しているが、その実態はベールに包まれていた。
東大教授は、IVが自分の紹介者として学会のビッグネームを挙げたため警戒心を解き、米国本社の幹部を含む数人を、研究室に招き入れたのだった。
「研究者も正当な経済的価値を得ることができる」
「あなたの発明を他の発明と組み合わせることによって、より大きな経済的価値を生
み出す」
「あなたの時間の一部を収入をもっと上げることに使ってはどうか」---。
彼らはそう説明し、具体的な契約メニューを一つひとつ紹介した。
一つ目は、技術ロードマップの共有や発明テーマと課題の設定に加え、IVが着目した発明・特許に対する評価などを行なうコンサルティング業務。
二つ目は、IVによる特許の買い取り、あるいはIVへの専用実施権の付与である。
前者の場合は、コンサルティング科を受け取る。後者の場合は、
特許の代金と、その特許を外部にライセンスした場合に発生するロイヤルティの一部が手に入る。
ちなみに、一件当たりの買収予算額は、安いもので2万~3万ドル、高いものでは100万ドルに設定されていたという。
最終的に、その教授はコンサルティング契約を結んだ。
先日は、中国、インドの特許を評価する依頼を受け、質の悪さを指摘したばかりだ。
報酬は時給2万5000円。
「大学からの給与水準を考えれば、悪くない」と言う。
論文は書くが、特許は書かない---。
それが日本の大学に帰属する多くの研究者の“流儀”だった。
小泉政権下の03年度、文部科学省は日本の科学技術の国際競争力を高めようと、東京、京都、大阪など43大学を中心に「大学知的財産本部整備事業」と名づけ、産学連携コーディネーターの拡充や技術移転機関(TLO)の整備を開始した。
特許出願を業績評価の指標とする大学も現れ、その結果、06年度の大学、大学共同利用機関、高等専門学校の特許出願件数は合わせて9090件と、当時の3.7倍に拡大した。
ただし、そのほとんどが国内出願で、海外出願に限れば全体の約25%、企業との共同出願については同約20%と、比率は横ばいで推移している。
しかも、ライセンス科収入を日米で比べれば、たとえば東京大学が約1億6000万円、慶應義塾大学が約7000万円であるのに対し、カリフォルニア大学が約1億9300万ドル(約212億円)、スタンフォード大学が約6130万ドル(約67億円)とケタ違いだ
(日本は文部科学省調べ、米国はAUTMライセンシング・サーベイより)。
大きな格差の原因は、日本では出願された特許が産業界に移転されず、眠ったまま放置されていることにある。
それはなぜか。
「技術の生産者である大学と、技術の消費者である企業をマッチングさせる使命を、大学TLOに担わせるには無理がある」と、大学、企業双方の関係者は口を揃える。
日本の大学TLOの歴史は浅く、プロフェッショナルが育っているとは言いがたいからだ。
日本の大学研究室に日参するIVの狙いは、まさにそこにある。
グローバルな経験を生かし、技術の生産者である大学と、技術の消費者である企業とのマッチングを図る。
すでにIVは広島大学、同志社大学、東京電機大学、大阪電気通信大学、芝浦工業大学など9大学と提携、特許のライセンシング業務を受託している。
5月末には、芝浦工業大学が初めてIVとの連携による特許を申請、取得したばかりだ。
不正コピーやデータの改ざんを見破る電子透かしの技術で、IVは専用実施権を得ている。
03年度以降、経済産業省からTLOへ拠出されてきた助成金が、08年度で打ち止めになった。
これも手伝って、収支改善のためにも、IVと組むケースが続出しそうだ。
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【参考情報】
インテレクチュアル・ベンチャーズ
設立: 2000年
本社: 米国ワシントン州 ベルビュー
パロアルト、オースティン、シカゴ(米国)東京、ソウル(韓国)、
シンガポール、バンガロール(インド)に事務所
社員: 約370人
【参考情報】 「天才的頭脳と華麗なる経歴を誇る首脳たち」
(1)創業者CEO:ネイサン・ミアボルド Nathan Myhrvold
14歳でUCLAに入学、地球物理学、宇宙物理学修士、プリンストン大学で数理経済学修士、数理物理学博士号を取得。23歳で英国のケンブリッジ大学に移り、スティーブン・ホーキング博士の助手を務めた後、米国に戻り、シリコンバレーでソフトウェア会社を設立。マイクロソフトに会社を売却、14年間にわたって技術担当を務め、CTOに就任。
(2)創業者CTO:エドワード・ジュング Edward Jung
1990年から10年間、マイクロソフトのチーフソフトウェア・アーキテクトとして、ウェブプラットフォームなど次世代ソフトウェアに関連するプロジェクトを運営、Windows NTなどのプロジェクトを起こした。タンパク質構造および機能など、生物学に関連する論文は高い評価を得ている。
(3)創業者 バイスチェアマン グレッグ・ゴーダー Greg Gorder
ワシントン州立大学で文学士、ワシントン大学で法学士を取得、アーサー・アンダーセンでソフトウエアシステムコンサルタントを務め、14年間、パーキンス・クイ法律事務所の弁護士として、多くの企業の買収・分割の助言を行う。また100以上のベンチャー投資やプライベートエクイティ投資に携わり、ベンチャー企業とも近しい。
(4)創業者 バイスチェアマン ピーター・デットキン Peter Detkin
ペンシルベニア大学のムーア電気工学科で電気工学士、同大学ロースクールで法学士を取得。ウィルソン・ソンシーニ・グッドリッジ・ロザティ法律事務所が初めて採用した特許弁護士となり、ボーランド対ロータスの訴訟を指揮するなどした。1992年、インテルのバイスプレジデント、アシスタント・ゼネラルカウンシルとして、訴訟、ライセンシングなどに手腕を発揮した。
(5)発明家 リロイ・フッド Leroy Hood
システム生物学研究所 共同創設者・取締役
分子生物学とゲノミクスにおいて、世界で最も優れた科学者の1人。ヒトゲノムの完全解読に成功したプロジェクトを率いた。アムジェン、アプライド・バイオシステムズなど、多くのバイオテクノロジー企業の設立にかかわった。
(6)発明家 ロバート・ランガー Robert Langer
マサチューセッツ工科大学 化学・生物医学工学教授
2002年に工学のノーベル賞に値するチャールズ・シュタルク・ドレーパー賞など数々の受賞を誇る、再生医療の権威。米国食品医薬品局のボードメンバー、議長を務めた。
(7)発明家 ジョン・ペンドリー Sir John Pendry
インペリアル・カレッジ・ロンドン 論理固体物理学教授
表面構造とその電子および光子に対する反応に関する研究で、2005年科学分野全般で優れた成果を上げた欧州の共同研究チームに贈られるデカルト賞を受賞。06年にはハリー・ポッターの「魔法の透明マント」を実現する、電磁波を自由自在に操る素材「メタマテリアル」を使った理論を発表した。
2.質の高い特許が流通する効率的な市場を創設する
インテレクチュアル・ベンチャーズ創設者・CTO エドワード・ジュング (Edward Jung)へのインタビュー:
1.2 富士通は不要な28の特許を売却
大学だけではない。
今年2月、富士通は米国現地法人が保有するプロジェクションディスプレイなど映像関連の28特許を、IVに売却した。
そのほか日本の電機メーカー数社も、すでにIVとの商談を成立させている。
これまでにも、日本企業は不要な特許を、転売を目的とするブローカーに売却することはあった。
だが、IVには警戒感を募らせ、一定の距離を保ってきた。
IVは長期保有が目的だ。
保有特許が集積化することで独占的な価値を高め、将来は裁判に訴えてでも権利行使をしてくるのではないか、その場合、製品の差し止め請求をされたり、高いライセンス料や和解金を巻き上げられることになりはしないか、という懸念がぬぐえなかったからだ。
だが、富士通の加藤幹之経営執行役・法務・知的財産権本部長は「事業構造改革と歩調を合わせるかたちで、特許ボートフォリオの見直しも逐次行なわれるべきだ。
今回は不要となった特許を、買い取り価格を他社と比較してIVに売却した」と言う。
確かに、特許の内容とその扱われ方は、企業の事業構造、ひいては産業構造の変化を反映している。
たとえば近年、技術の高度化・複雑化が進むなかで、企業は製品に関するあらゆる研究開発(R&D)コストを一社で賄いにくくなった。
また、技術の融合が加速、従来は自社の技術と別分野に属すると考えられていた技術の利用を頻繁に迫られることとなった。
しかも、デジタル化によって、製品サイクルがますます短縮するなかで、市場ニーズの変化に的確に対応しなければならない。
こうした状況が最も顕著に見られるIT産業を中心に、企業における事業の選択と集中、
そして企業間の水平分業化を加速している。
もはや、R&Dも例外ではない。
一社で完結するのではなく、有用な知識を持つ他の機関との連携を進めていくこと、いわゆるオープンイノベーションの促進が、競争優位であるための重要な条件となったのである。
こうしたパラダイムシフトに、IVは目をつけた。
R&Dの機能が外部化し、エコシステム(複数の企業による協調的活動)が形成されるには、特許の効率的な流通市場が必要だと認識したのである。
しかも、ファンドを通じて巨額の資金を調達し、金融技術を応用したリスク管理の手法を、そこに持ち込んだのだ。
1.3 パテント・トロールか、マイクロソフトの別動隊か
ワシントン州のシアトルの隣町、ベルビューのダウンタウンからクルマで10分ほど南へ走った緑豊かな郊外にひっそりと、IVの本社はある。
マイクロソフトのキャンパス(本社はそう呼ばれている)があるレドモンドも隣接している。
5月末、IVは4つ目となるファンドを設立した。
合計で約30億~60億ドル(約3300億~6600億円)もの巨額な資金がなだれ込んできている。
投資家として名を連ねるのは、マイクロソフト、インテルなどの企業と見られ
る。日本をはじめとするアジア向けの10億ドル(約1100億円)のファンドに出資したのは、ペンシルベニア大学やヒューレット・パッカード創業者の財団などだ。
ファンドの収益のほとんどは、購入、もしくは自社で発明した特許のライセンス収入である。
146~147ページにCTOのエドワード・ジュング氏が語っているように、ドットコムバブルの崩壊直後の03年に取得した特許を、05年以降、順調にライセンシングできた結果、現在、年間10億ドル近い収入があるものと見られている。
IVの発明家として名を連ねるのは、ヒトゲノムの完全解読に成功したリロイ・フッド氏や、工学のノーベル賞に値するチャールズ・シュタルク・ドレーパー賞を取ったロバート・ランガー氏をはじめとして、IT、バイオテクノロジー、医療などの分野で世界に名
を轟かせた権威ばかりである。
またそれが、世界の研究者にとって、IVと組む大きな知的インセンティブになっている。
「コアテクノロジーにおける正真正銘の発明を目指す」と、ミアボルド氏は02年6月に、われわれのインタビューに答えている。
東海岸では今、IVのプレゼンスの増大に議論がかまびすしい。
その正体は“バテント・トロール”---定義は難しいが、自らはR&Dや製品の製造・販売を行なわないにもかかわらず特許を保有し、他者に敵対的訴訟を仕掛ける企業や集団を呼ぶことが多い---ではないのか、あるいは近年特許申請を加速しているマイクロソフトの特許を守るために、彼らがクロスライセンスで提供するための特許を集める、いわば別動隊ではないのか、という憶測が、米国特許商標庁(USPTO)や米国知的財産法協会(AIPLA)などワシントンのコミュニティにも、広がっている。
ジュングCTOは、訴訟の可能性は否定しないが、「マイクロソフトであれ、どこの企業であれ、われわれの特許をフリーで、もしくはディスカウントして提供することはありえない」と反論する。
かつて、ベンチヤーキヤピタルもプライベートエクイティも、誕生当初はうさん臭いものとして扱われることがしばしばあった。
しかし、今では、企業投資というリスクマネーの出し手として、経済的、社会的使命を果たしている。
特許ファンドも、オープンイノベーションの必然として認知されるか。
IVに世界中の熱い視線が注がれている。
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【Q1】
インテレクチュアル・ベンチヤーズ(IV)を設立した意図は。
【A1】
IVで特許を購入して5年になる。
これまでに約3万5000件を分析した。
対象はフオーチュン500の大企業のものも、大学などの研究者のものもある。
実際に購入したのは、そのうちの数パーセントにすぎない。
大多数が、質が悪く価値がなかった。
むろん、競争力を持ち得たすばらしい特許はある。
まさに玉石混交である。
それはなぜか。
効率のよい市場が存在しないからだ。
あればおのずと淘汰が起き、よいものだけが流通するようになる。
だからこそ、われわれがそうした市場を創設しようと考えた。
一方、製品が必要とする特許の数は、急激に増加している。
たとえば、電球はわずか2つでいいが、PDA(携帯情報端末)は万単位で必要だ。
いざ企業が新しい分野に参入しようとしても、われわれのように数多くの特許をまとめて
提供できるところはなかった。
これは数年前には存在しなかった、新しいビジネスのかたちだ。
私はマイクロソフトでソフトウエアの開発に従事してきたが、ソフトウエアはハードウエアとは違い、価値のないものと長く思われてきた。
しかし、多くの構成単位がまとまって価値が増大し、それが広く認知された。
特許もまったく同じだ。10%速度の速いハードディスクの技術が特許となっても、ライセンスを望むものはいない。
だが、付加価値を上げる追加の100の特許を持っていれば、その特許のブロックを誰でも欲しがる。
【Q2】
特許のアグリゲーター(収集する者)と呼ばれている。
【A2】
その表現は適切ではない。
トヨタ自動車は、部品のアグリゲーターとは違う。
部品をランダムに集めるのではなく、目的を持って部品を組み立てる。
そこに価値が生まれるのだ。
アセンブラー(組み立てる者)というべきだろう。
【Q3】
ファンドの投資リターンは確保できているか。その源泉は。
【A3】
これまで特許の購入に10億ドルを費やした。
1号目のファンドを設立した2003年は、ドットコムバブル崩壊の直後だった。
多くのベンチャーがつぶれ、その分野に参入していた大企業が事業を停止したため、通信、医療機器など、非常に参入障壁が高い事業分野において、特許を購入する機会に多く恵まれた。
05年以降、半導体、ソフトウェア、民生機器、eコマース、無線機器関連企業の収益が復調、(IVの特許をライセンスする)ライセンシングパートナーとなった。
ビジネスの周期性をうまく利用できたということだ。
アップルの携帯電話「iPhone」がいい例だが、企業は常に新しいアイディアを探し求めており、新しい特許へのニーズは旺盛だ,
一方、供給側でも変化がある。
中国政府が発明を奨励し始めたこともあり、中国に発明機運が盛り上がっている。
中国の大学も企業もIVのビジネスに共鳴していて、過熱気味だ。
自社の敷地内にIVを誘致しようと、争っている。
またすでに多くの企業が撤退をした人工衛星がいい例だが、太陽電池を利用するなど、既存の技術が交差し始めた。
ビジネスチャンスが溢れている。
【Q4】
日本でも大学の研究者やTLOとの提携を進めている。
特許を買い取るだけでなく、他者の特許の評価などを委託しているようだが。
【A4】
われわれは3つのプロジェクトを走らせている。
一つ目はインベストメント(特許の買い取り)、二つ目はファクトリー(自社特許の取得)、三つ目はデイベロップメントだ。
大学の研究者や個人発明家の有力な発明に対し、面倒な特許出願を肩代わりしたり、実用化のアイディアを練ったり、企業にライセンシングしたりすることで、彼らをサポートしている。
また、技術の裾野は広く、すべてのエキスパートを雇用するのは難しいので、現在300~400人の研究者と提携し、現在の技術トレンドを議論したり、特許の評価を委託したりしている。
こうした関係が、ディベロップメントのプロジェクトだ(1.1節の図参照)。
昔は、特許出願はほとんど個人発明家によって行なわれた。
産業化か進み、企業規模が拡大するにつれ、企業は内部にR&D部門を設置し始めた。
戦後は多くの特許が成長の著しい業界や企業に累積し始めた。
IBMが典型だ。
同時に特許をめぐる企業間の衝突が起こり始め、その結果、とりわけ大きなプレーヤー同士のクロスライセンスが始まった。
そのとき、個人発明家や大学の研究者たちは、数多くの成果を上げながら、蚊帳の外だった。
個人で、100や1000の企業にコンタクトするのは不可能だからだ。
よって彼らの収入源は減少してしまった。
われわれが、5年後、10年後を見据え、特許の有効利用を考える手伝いをする。
それは個々の発明家にとってメリットになる。
【Q5】
日米の企業や行政関係者には、将来IVが企業に対し訴訟を仕掛けてくるのではないか、という見方がある。
【A5】
われわれはライセンシングについて、排他的ではないかたちで行なっている。
だが、われわれの特許を使用していても、ロイヤルティを支払わないならば、なんらか
の法的手段を講じなければならないのは当然だ。
発明者からライセンシングの委託を受けている特許については、なおさらだ。
もっとも、訴訟という最終手段の前に、われわれの特許の価値を理解して、その対価が支払われることを望んでいる。
オープンイノベーションを加速するには、将来にわたる特許の収益をどのように分配するか、明確に公正に規定されていなければならない。
質のよい特許にインセンティブを与えることによって、質の悪い特許は自然淘汰される。
3.特許をめぐる3つの環境変化
3.1 グローバル化
図1 世界市場をリードし続ける米国
図2 非居住者による出願が増大
図3 外国出願にシフトする日本
図4 10年間で10倍出願する中国
3.2 南北問題
図5 南北問題(途上国における出願のほとんどが非居住者によるもの)
図6 特許の国際出願件数(2006年)
3.3 技術の高度化
世界の特許出願件数において、近年伸び率が最も高い分野は、医療機器(32.2%増。2000年と比較した04年の実績、以下同じ)、次に音響機器・映像機器(28.3%増)、情報技術分野(27.7%増)で、イノベーションが活発な分野において増加している。
図7 製品を構成する特許数
(携帯電話本体と、その通信のための地上局に関するおおよその出願件数)
第一世代(FDMA):400 :“もしもしはいはい”だけの高級品
第二世代(TDMA):750 :一般に普及、デザイン豊富に
第三世代(CDMA):1000 :カメラ、財布、テレビと機能拡充
4.横行するパテント・トロール(特許の怪物)、
ビジネスリスクに身構える企業
米国では、特許出願の急増に伴って訴訟が頻発している。
進出している日本企業も原告あるいは被告となりうる。
発明とは無縁の企業や集団が敵対的訴訟を仕掛ける“パテント・トロール”も散見される。
ビジネスリスクの増大に、企業はどう対処しているのか。
4.1 特許紛争の増加、研究成果は特許に反映されず
トヨタ自動車のハイブリッド技術が狙われている。
フロリダ州のソロモン・テクノロジーは2005年9月、トヨタが自社特許を侵害したとしてフロリダ地方裁判所に、06年1月にはハイブリッド車の輪人差し止めを求め米国際貿易委員会(ITC)に提訴した。
一ヵ月間の審理の後、07年2月の行政判事(ALJの仮決定を受け、ITCはソロモンの訴えを退けたが、ソロモンは不服として連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)に控訴していた。
今年5月7日、CAFCはそれを棄却する判決を下した。
関係者によると、トヨタ側はソロモンが上告、または上告した場合それを連邦最高裁判所が受理する可能性は、共にきわめて低いと見ている。
だが、胸をなで下ろすわけにはいかない。
同じくハイブリッド車をめぐる特許侵害で、フロリダ州のペースとの争いは継続している。
ペースは04年、原告側に有利な判決が出るとして、訴訟が集中しているテキサス州東地区連邦地裁に、差し止めなどを求めてトヨタを提訴した。
06年8月、地裁はトヨタのペース特許の均等論(実質的に機能・方法が同じで、実質的に同じ結果を生じる技術にも均等に権利が及ぶこと)侵害を認定し、差し止め請求を却下する代わりに、一台につき25ドル(原告の要求は200~500ドル)のロイヤルティを将来にわたって支払うことを求める判決を下した。
これを共に不服として臨んだCAFCの控訴審の07年10月の判決では、ロイヤルティ
の支払いについては破棄されたものの、均等論侵害自体は認められた。
トヨタはこれを不服として、最高裁に上告したばかりである。
ソロモンの売上高は約800万ドル(07年)。
ここ数年は赤字続きの弱小機械メーカーである。
OTCブリティンボードの株式上場銘柄だが、仕手筋の仕掛けか、この事件の経過を先取りするように、株価は乱高下した(下図参照)。
ペースの場合は、原告は個人であり、資金面をサポートする第三者が存在する。
「いずれもパテント・トロールのにおいがしないわけではない」と、特許庁のワシントンオフィスの深井智毅代表は言う。
自らはR&Dやその製品の製造・販売を行なわないにもかかわらず、特許を保有し、敵対的訴訟を什掛ける企業や集団を、パテント・トロールと呼ぶことが多い。
だが、そもそも定義は難しく、特定はできない。
近年、米国では特許紛争の増加を背景に、競合他社への牽制目的で、とりわけ情報・電子分野の各企業が特許を争うように取得している。
“軍拡競争”さながらの様相で、R&D投資が増えれば出願件数も増えるという相関関係は失われている(下図参照)。
出願件数の急増は、米特許商標庁(USPTO)の審査業務を増やし、特許の質を低下させる。
それがパテント・トロールなどの権利の乱用を助長し、結果として企業はさらに牽制のための特許出願に走る、という悪循環に陥っている。
パテント・トロールは、特許制度そのものの不信をあおり、イノベーションを阻害する要因にもなりかねない。
ちなみに、大統領経済諮問委員会の06年の報告書によると、訴訟賠償額が2500万ドル以上の特許訴訟においては、原告と被告のそれぞれが平均400万ドルを法廷費用として負担しているという。
化学・製薬以外の産業では、特許から得られる利益を訴訟コストが上回っているという研究もある
(次頁の図参照)。
まさに。“囚人のジレンマ”だ。
もっとも、こうした歪みを修正する画期的な判決も出た。
06年5月、オンラインオークションのイーベイとマークエクスチェンジが争った訴訟において、連邦最高裁判所は、販売差し止め請求を認める際の四つの基準を示したのである。
これにより、これまでほぼ自動的に認められてきた差し止めが、原告が回復不可能な侵害を受けることを証明しない限り、難しくなった。
トヨタ事件でペースの差し止め請求が退けられたのも、この判例が根拠となっている。
米国はようやく、特許の質に目を向け始めたのである。
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【参考情報A】「トロールの妙味を失わせたイーベイ判決の意義」
(ランダル・R・レーダー 連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)判事)
イーベイ事件以降、勝訴した原告側は、自動的な差し止め命令を当てにすることはできず、差し止め命令の妥当性を証明しなければならなくなった。
ほとんどのケースでは、一審裁判所が特許侵害を認定したうえで、差し止め命令を出すのが当たり前だが、特許権者が発明を実施していない場合には、差し止め命令が出されることによって、市場から重要な製品が奪われてしまうリスクがあった。
これにより、パテント・トロールのレバレッジはいくぶんかはがされるだろう。
特許の質の改善は、出願件数の増大という問題に直面している世界の代表的な国々の特許庁にとって、共通の重要な目的である。
これらの出願の多くは、他国の特許庁に行なわれたものと同じ、重複特許だからだ。
各特許庁が「ワーククシェアリング」に合意すれば、この問題に対処できる。
たとえば、日本の特許庁における拒絶・承認を米特許庁でも推定上認め、逆も認める、といった具合だ。
これにより、審査時間に余裕が生まれる。(談)
4.2 特許を供与するIBM、集めるマイクロソフト
特許にまつわるビジネスリスクの高まりを受けて、企業も身構え始めた。
特許データベースを保有するIFIパテントインテリジェンスの調査によると、07年、マイクロソフトは米国で1637件の特許を取得した。
過去2年間は取得件数トップ10の圏外だったが、6位に急浮上した。
マイクロソフトは、03年に特許戦略の舵を切った。
それまでは寡占的企業である優位的立場から、知的財産を公開しないというポリシーだったが、積極的に特許を取得しライセンスする、オープン戦略に転換したのだった。
東芝、富士通など日本企業とも次々にクロスライセンス契約を結んだのは、記憶に新しい。
この新戦略を指揮するために、引き抜かれたのが、世界ナンバーワンの特許数を誇るIBMで28年間にわたって知財部門を率い、ライセンシングとロイヤルティで毎年400億円近い収益を上げてきたマーシャル・C・フェルプス氏である。
古巣のIBMは、OS(基本ソフト)のリナックスをはじめとするオープンソースの開発を支援するために、05年にオープンソースコミュニティに対する500件の特許の開放に踏み切った。
これまで蓄積した強力な特許を武器に、IBMの製品に適合するかたちでのオープンソフトウエアの普及を仕掛けると同時に、さらなるIBM製品の普及を図ろうとしているのだ。
このオープンソースコミュニテイの動きを最も警戒しているのが、マイクロソフトだ。
特許の急拡大も「訴訟の刃をそこに向けるためのものではないか」(IBM幹部)との憶測がある。
これらIT企業と比較し、化学・製薬企業の特許の数は圧倒的に少なく、そのぶん価値が高い。
たとえば、製薬世界最大手のファイザーは、総売上高の3割近くを稼ぎ出す高脂血症薬「リピトール」が11年6月以降、各国で特許切れとなるのを受けて、全世界で約一万人の人員削減を実施すると発表した。
他社後発薬の追い上げを受け、売り上げの急激な悪化が予測されるからだ。
イーライ・リリーでも稼ぎ頭の抗精神病薬「ジプレクサ」が、11年に特許切れとなり、すでに発売ずみのうつ病治療薬「シンバルタ」に期待をかける。
イーライ・リリーでは、R&Dの当初から知財部門のメンバーが加わり、特許取得の可能性などについて、法的アドバイスを行う体制を敷いている。
「特許は会社の命と同等」と幹部は言葉に力を込める。
「日本や欧米の大企業において、製造業としての競争優位性は、中国など新興国企業の台頭によって、失われ始めている。
したがって、過去のR&Dの蓄積である特許を、法的手段によって守るのは、当然のことである」
とモリソンアンドフォースター弁護士事務所パートナーのアラン・C・ジョンストン氏は言う。
独占か、公開か。
いずれにせよ、特許戦略は経営そのものである。
5.19世紀以来の大制度改革、
米パテント・リフォーム(特許法改正)の行方
米国の特許法改正は、日本をはじめ世界各国の特許システムに大きな影響を及ぼすとして注目を集めていたが、今国会での成立は絶望的となった。
訴訟コストの拡大など課題は山積しており、各国との制度的調和も求められている。
特許制度改革は焦眉の急である。
5.1 米国の特許制度の大改革: 注目すべき3つの改正点
「製薬業界につぶされた」---。
IT業界のロビイストたちは口々にこうつぶやいて、5月26日のメモリアルデーにまたがる三連休のバカンスに旅立った。
2007年9月にようやく下院本会議を通過した米特許法改正案が、IT業界が後ろ楯の民主党を中心とする賛成派と、製薬業界が背後に控える共和党を中心とする反対派の激しい駆け引きのすえ、今国会で不成立となる見通しとなったのだ。
実現すれば、19世紀以来初めてとなる米国の特許制度の大改革である。
日本をはじめ世界各国の特許システムに大きな影響を及ぼすとして、全世界の注目を集めていた。
なかでも、注目すべき改正点は三つあった。
まず、現在、米国で採用されている先発明主義(先に発明した者に特許権を付与する)を、欧州、日本と同様の先願主義(先に出願した者に特許権を付与する)に移行し、制度的調和を取ること。
次に、特許侵害裁判において、青天井で上昇している損害賠償額の適正化を図ること。
「既知の技術を組み合わせた発明に対しては、先行技術に対する具体的な貢献を踏まえて算定すべきである」(米情報技術工業会〈ITAA〉のジョセフ・タスカーシニアバイスプレジデンント)、「とりわけソフトウエアについては、公正使用が認められなければならない」(米コンピューター情報産業協会〈CCIA〉のエド・ブラックCEO)とのIT業界の意向を十分くみ取ったものだ。
さらに、特許成立後にその有効性に異議申し立てができるようにすること、である。
二つ目と三つ目には、近年の特許訴訟コスト上昇への懸念が織り込まれている。
両業界の相違点もここにあった。
前者について製薬業界は、特許権を弱めているかのような誤ったイメージを発信することになると異論を挟み、三つ目の中立期間については、特許発行から12ヵ月間の「第一の窓」はのんだが、特許権者からの侵害警告後12ヵ月間の「第二の窓」は、権利を不安定化させるとして抵抗した。
IT業界と比較し、開発期間が長く、投資もかさむうえに、製品化にも時間を要するため、いざコストの回収を図ろうとした時点で、特許無効の訴えを起こされてはかなわないと考えたのだろう。
かくして、特許法改正はいったん振り出しに戻った。
11月の大統領選挙と同時に行なわれる議会選挙までは、議員は選挙運動に専念せざるをえなくなるだろう。
じつは、1999年、クリントン政権下の前回の改正案も、議会選挙後のドタバタのなかで、予算案と一緒に一気に可決されたといういきさつがある。
ブッシユ政権下の最後の改正のチャンスも、まだ消えていない。
5.2 ITを駆使した審査のワークシェアリングを
新政権下になれば、さらなる順風が吹くだろう。
民主党のバラク・オバマ上院議員、共和党のジョン・マケイン上院議員のいずれも、特許制度改革には強い関心を示している。
特許法改正の流れは、もはや帰らざる河である。
とりわけオバマ氏は、「イノベーションの障害となっている『不確実で不毛な特許訴訟』を減らす」ための、特許審査システムの再構築を訴えている。
世界の特許が集中する米国の特許制度との調和は、日本にとっても重要な課題だ。
特許庁の問題意識も、「オープンイノベーションヘの動きに対応した新しい知的財産インフラをどう構築するか、グローバル化か進むなかで、世界の特許庁間でいかに連携を深めていくか、知財制度の安定性をどれだけ高めることができるか、にある」(肥塚雅博長官)。
そこで、昨年12月に「イノベーションと知財政策に関する研究会」(座長は野間口有・三菱電機会長)を設置し、議論を重ねてきた。
今後は、世界に向けて、変革への提言を積極的に行なう構えだ。
審査については、「IT技術を駆使し、先進国問でワークシェアリングを推進する。
効率化は特許の質の向上に寄与する」と肥塚長官は言う。
こうした国際的な連携を模索する動きのなかで看過できないのは、先進国と途上国とのあいだに横たわる、深刻な南北問題である。
途上国における出願の大多数が先進国によるものであり、他国の特許権を保護するために、特許制度を導入、整備している皮肉な状況がある。
また、医薬品開発のために検体の提供を受けることが「バイオ・パイラシー」(生命科学における海賊行為)として、先進国がNGOや途上国政府に糾弾されるケースも出てきている。
このように、特許をめぐる先進国と途上国との利益相反は顕在化し、深刻度を増している。
特許制度改革もまた、世界的調和と対立の分水嶺にある。
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【参考情報A】「特許の質を高め、訴訟を減らすために特許制度は変わるべきである」
(ジョン・マケイン上院議員(共和党))
私は自由貿易主義者。
私が大統領となれば、その権力のすべてを知的財産保護に傾ける。
しかし、より重要なことは、世界のすべての市場を、自由貿易を通じ開放することだ。
(出所:TechCrunch社のホームページ)
【参考情報B】「技術とイノベーションを通じ、すべての米国人を結び付け、地位向上を図る」
(バラク・オバマ上院議員(民主党))
特許制度改革:
21世紀において国際競争力を確保するためには、適時に高品質な特許を生み出していくことが必要不可欠。
特許の予見性と明確性を高めることで、イノベーションを生み出す環境を整備していく。
また、米特許商標庁の体制を強化し、外部の研究者や技術者による特許審査への参加(レビュー)を促すことよって、イノベーションの障害となっている「不確実で不毛な特許訴訟」を減らすことができる。
(中略)
私が大統領を目指すに当たり、米特許法が権利者の正当な権利を保護するとともに、イノベーションや共同研究を阻害しないものとなるよう、公約する。
(出所:オバマ氏のマニフェスト)
【参考情報C】アラン・J・キャスパー
(米知的財産法協会(AIPLA)第一副会長・弁護士)
特許の質の向上のためには、申請者と特許庁と公衆の連携が必要である。
申請者は申請前に自分の特許が有効か精査する必要があるし、審査官は十分に訓練されなければならない。
米国では、グラクソ・スミスクラインが、米特許商標庁に対し、規制改定差し止めの訴訟を起こしたが、こうした敵対関係は好ましくない。
【参考情報D】ブルース・レーマン
(元米特許商標庁長官・弁護士)
出願件数の増加によって、審査の遅滞が目立ち始めている。
これは質の劣化を招き、パテント・トロールを誘発し、ビジネスの不確実性を増やし、出願のインセンティブをそいでいる。
今まさに世界の特許システムは危機に瀕している。
かねて効率的な審査のために、ITを駆使した仮想特許庁の構築を提案している。
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