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QoEと体験流ビジネス

「QoE(Quality of Experience)」の本のビジネス部分の詳細解説と体験流ビジネスの創発の場

【目次】

1.エクスペリエンス、品質

1.1 さまざまなエクスペリエンス

1.2 エクスペリエンスの品質(QoE)とは

1.3 品質メトリックスへの注目のされ方の流れ

2.エクスペリエンスにこそ経済価値がある: 経験経済、経験価値マネジメント

3.エクスペリエンスのデザインの方法論について

3.1 人間中心設計(HCD)、ユーザ中心設計(UCD)

3.2 アクティビティ中心設計(ACD:Activity-centered design)

3.3 ユーザ・エクスペリエンス(UX)のデザイン

3.4 ユーザ・エクスペリエンス(UX)のデザイン・ガイドラインの試み

3.5 未来のモノゴトのデザイン

4.あらためて、エクスペリエンスの品質とは? そしてその総合評価とは

4.1 エクスペリエンスとQoEの総合的展望

4.2 システムの受容性とユーザビリティの評価・品質

4.3 エクスペリエンス・デザインの評価、QoEの例

4.4 総合的な評価、総合的なQoEの必要性

4.5 QoE総合知のオントロジー

5.UXマネジメントが今後の企業経営にとってのキー

5.1 UXマネジメントの重要性

5.2 ユーザ・エクスペリエンスのデザインに必要なスキルとチーム

5.3 UXマネジメント自体の体験流、そしてQoEによる選択と割り切り

6. QoEの深化とビジネスの展開

6.1 QoEの横展開(体験流の組合せ)の例

6.2 QoEの縦展開(QoEレベルの深化)の例

6.3 QoEを架け橋としたR&Dビジネス活動のイノベーション

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1.エクスペリエンス、品質

1.1 さまざまなエクスペリエンス

ディズニーランドは、子供も大人も楽しめ、入る前から、帰った後まですばらしいエクスペリエンス を提供している。スターバックスは、コモディティ化されたコーヒーを、店員の応対、雰囲気や演出 のある空間などによって、エクスペリエンスに変えた。などという声が聞かれます。

また、アップルのiPhoneのユーザ・エクスペリエンスはすばらしい。箱を開けるときから、使い始 めてみてもわくわくするようなエクスペリエンスである、などとも言われています。アマゾン・ドットコムは何年にもわたって、訪問者の興味を引くアイテムについて関連した情報を提供する機能を少しずつ増やし、オンラインのエクスペリエンスを変える小さなイノベーションを付け足しながら発展を遂げてきた、とも言われています。グーグルは、当初、超高速な検索によって、最近では、地図や新しいツール・サービスによって、新しいエクスペリエンスを提供している、という人もいます。そして、最近では、企業の経営者の中からも、例えば、「NGN(Next Generation Network)のキラーアプリケーションは『エクスペリエンス(Experience)』である」などという声が良く聞かれます。

このように、時代のキーワードとして、さまざまな場面で、エクスペリエンスという言葉が聞こえてきます。

1.2 エクスペリエンスの品質(QoE)とは

ところが、時代のキーワードのひとつであると言われながらも、このエクスペリエンスとかその品質であるQoE(Quality of Experience)という言葉には、その言葉が使われている分野・領域によって、少しずつニュアンスや意味合いが違っているところもあるようです。

しかしながら、製品やシステムがある程度コモディティ化され、その上で提供されるサービスにも同じようなものが見られるようになってくると、ユーザにとって大切なのは、製品やシステム、サービスというよりも、その上で、どのようなエクスペリエンス(経験、体験、体感など)を享受できたか、「ユーザ・エクスペリエンス」が豊かであったか、魅力的であったか、などということが重要視されるようになってきている、という流れが全体的に見られます。これに伴い、品質評価も、製品の品質、システムの品質、サービスの品質(QoS:Quality of Service)に加えて、「エクスペリエンスの品質(QoE:Quality of Experience)」が重要視されるようになってきたわけです。

上述の「ユーザ・エクスペリエンス」という言葉は、1990年台半ば頃に、ドナルド A.ノーマンが、カルフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)からアップルコンピュータに移り、ユーザ・エクスペリエンス・アーキテクチャ・グループをひきいて、自らを、ユーザ・エクスペリエンス・アーキテクトという肩書きをつけたことに由来すると言われています。

(注:ノーマンは、ユーザ・インタフェースの研究で著名な認知心理学者で、「誰のためのデザイン?」【参考文献1】、「エモーショナル・デザイン」【参考文献2】などを著しています。)

これまでの人とコンピュータや機器とのインタフェースにかかわる用語であった、ヒューマンインタフェース(HI)、ユーザインタフェース(UI)、ユーザビリティなどのコンセプトで呼ばれていたスコープを、さらに広げた概念で「ユーザ・エクスペリエンス(UX)」と呼ぶようになってきています。

このような動きの中で、エクスペリエンスが良いデザインというのはどういうことなのか、などの基本的な課題が起こってきました。そこで、ACMのSIG CHIの中で、「THE ACM/interactions design award criteria」を検討することになり、1996年に、Lauralee Alben が ACM interactions に「Quality of Experience: Defining the criteria for Effective Interaction Design」という論文を発表しました【参考文献3】。この頃から、Quality of Experienceという言葉が言われ始めたようです。

この中では、例えば、ユーザの理解、効果的なデザイン・プロセス、満足させるためのニーズ、学びやすく使用しやすいこと、デザインの適切性、グラフィックとインタラクションと情報などが融合された美的経験、可変性、利用法のみならず値段、インストール法、メンテナンス、などの評価基準が提案されました。また、エクスペリエンス・デザインの基盤となっているインタラクション・デザインの基底には、ビジョン、発見、コモンセンス、真実性、情熱、こころ、というコンセプトが大切であることも述べられています。

一方、国際電気通信連合(ITU-T)などの国際標準化の活動の中でも、従来からの主としてシステム側の品質であるサービス品質(QoS)に加えて、番組の選択、ザッピングなども含めて、使う人のサービス端末までのエンド・ツ・エンドの品質、すなわちQuality of Experience(QoE:ここでは体感品質と訳されている)が重要であるとの認識がでてきました。ITU-Tの中では現在は、主として、IPTVの標準化活動の中で、このQoEの検討がなされています。

ITU-Tでの検討の背景には、以下のような考え方が流れています。 ネットワーク研究開発者にとっては、ネットワークサービスの品質としての伝送誤り率や符号化音声・画像の品質評価などのQoSと言うものに馴染んできましたが、ネットワークが高速になり、複雑な品質制御が可能なるに従い、伝送として扱うトラヒックも電話音声や専用線データから、映像、音声、データなど様々なマルチメディアを扱うようになり、ネットワーク品質と言うものが、エンド・ツ・エンド品質として、ユーザが感じ、体感する尺度が必要となってきました。

より良いネットワークサービスとは何か?通信オペレータがより多くのユーザを取り込むためには、ユーザの視点に立った評価尺度が必要であり、また、通信オペレータにとっては、ユーザの真のニーズを捉え、新しいサービスを開発する上で重要になってきたわけです。そこで、ネットワークを通ってユーザが見たときの主観品質評価をQoEとして取り扱うようになってきました。QoEの概念を理解し、使いやすく安心で便利なサービスを実現するためにも、QoEを考え、今後のサービス開発での新しい発想の一助になることが期待されているわけです。

それでは、QoEとは、どのように定義されているのでしょうか?ITU-TにおけるQoEの定義は、「エンド・ユーザによって主観的に知覚されるアプリケーションやサービスの全体的な受容性」となっており、すべてのエンド・ツ・エンドのシステムの諸効果(クライアント、端末、ネットワーク、サービス・インフラストラクチャ、など)を含むこと、全体的な受容性はユーザの期待とコンテクストに影響をうけるであろうこと、が注記されています。

一般的には、「QoEとは評価対象と評価観点に対して、満足感/(劣化などに対する)許容感等を主観的に評価する尺度」であり、「製品・サービスについて主観的に感じる品質であり、製品・サービスについて評価する場合の評価尺度のひとつであり、製品・サービスの個々の要素に対してのQoEを検討することも重要でであるが、トータルでのQoEがもっとも大切である」ということも指摘されています。

2.3 品質メトリックスへの注目のされ方の流れ

これまで述べてきたように、インターネット時代、次世代ネットワーク時代の質のメトリックスは、それまでの時代の質のメトリックスの考え方とは異なってきているといえます。もう一度マクロに整理して、これまでの質に関するメトリックスの流れを見てみることにします。

例えば、まず、システムの安定性や接続性など基本的なことが追及され、ある程度確保されてくると、次に、送受される音声や映像などの品質が追及されてきます。各種のサービスが提供されてくると、ユーザの視点に立ったタスクの達成・効率性などに焦点をあてたユーザビリティ、使い勝手、使い易さ、などが追求されてきます。これらの動きにあわせて、ユーザ中心のデザイン法(設計法)、人間中心のデザイン法(設計法)、それらの組織への浸透方法などが求められてきました。

そして、このような動きの中から、ユーザ要求やビジネス側からの要求を常に考慮しながら進めていくことの重要性が強調され、サービスのデザインやサービスの質の向上活動の体験の中から、新たな視点からの品質、ユーザ・エクスペリエンスの質の大切さが見えてきて、それが直接的にビジネスに関係してくることも見えてきたのです。

もちろん、歴史的にみたとき、20世紀の情報通信ネットワークシステムやコンピュータシステムの時代にも、システムの安定性品質、接続性品質、表現メディア(音声・映像など)品質、ユーザビリティなどを追求していくときには、ユーザ要求やビジネス側からの要求を常に考慮しながら進められており、システム品質、サービス品質、ビジネス・コストの関係が大切であったことは、言うまでもありません。ところが、その頃には、システム品質とサービス品質とビジネスの関係が、例えば収入額の変化との直接的な関係が、明確に陽には見えていなかったという問題も抱えていたとも言えます。

ところが、インターネットの各種サービスが展開されているうちに、例えば、あるお客がウェブ・ショッピングをしている場合には、買い物が楽しく体験できて欲しいものが便利に購入できることが望まれ、ビデオ鑑賞をしているときには、音声や映像の品質に加えて、検索や選択などをしながらおこなう鑑賞という体験自体が、そのプロセスも含めて楽しい体験であることが望まれるようになってきます。音声や映像単体の品質から、どのようにしてお客を集め、継続して楽しい体験をしてもらい、直接的に利益を上げるには、どうすればよいのだろうか、などということに焦点が移ってきたのです。

すなわち、ビジネスの質を向上させていくためには、エクスペリエンスの質を向上させていくことが大切になってきたわけです。例えば、ウェブ・ショッピングの場合に、ユーザ・エクスペリエンスは、お客がどの程度のショッピングをするかに直接影響を及ぼし、それが結果的にビジネスに直接見える収入という形で影響を及ぼし始めたのです。

このように、それまでビジネスの局面に直接的に陽に見えてこなかったサービス品質といったものが、サービスの上位の新しい品質、すなわちエクスペリエンスの品質(QoE)として直接見える形でビジネスの局面、すなわちビジネスの質(いわば、QoBiz:Quality of Business)、収入に影響を及ぼし始めたのです。

図1.3-1 は、時代による品質メトリックスへの注目のされ方の流れをイメージで示したものです。もちろん、楽しい、便利などだけではなく、ブロードバンドの帯域が大幅に広がったり、検索サービスのスピードが大幅に短縮されたりした場合にも、ユーザーは新しい体験をしたと感じます。図1.3.-1に示すように、エクスペリエンスの品質は、システム品質、サービス品質によって影響され、支えられていることを忘れてはなりません。

図1.3-1 時代による品質メトリックスへの注目のされ方の流れ(イメージ図)

2.エクスペリエンスにこそ経済価値がある: 経験経済、経験価値マネジメント

ビジネスの世界、経済の世界で、「エクスペリエンス」はどのように捉えられているのでしょうか?

ドナルド A. ノーマンがユーザ・エクスペリエンスの重要性を説き、1996年に、Lauralee Albenが、ACM interactions にQuality of Experience を発表した頃から、Experience の用語は、段々とビジネスの世界でも注目されるようになってきました。また、すでに実世界での各種のテーマパークや企業のショウケースなどにおいてもエクスペリエンスという言葉が注目されていました。これらの動きをうけて、1999年には、B.J.パイン、J.H.ギルモアが、脱コモディティ化のマーケティング戦略として「経験経済(The Experience Economy)」をあらわし、工業経済からサービス中心のサービス経済へ、そして経験経済へシフトしなければならないと述べて注目をあびました。【参考文献4】

また、同じ1999年に、バーンド・H・シュミットは、「経験価値マーケティング(Experimental Marketing)」【参考文献5】をあらわし、2003年には、「経験価値マネジメント(Customer Experience Management)」【参考文献6】をあらわし、マーケティングは製品からエクスペリエンスへ、と主張しました。

この顧客経験マネジメントのフレームワークとして、以下の5段階;

・顧客の経験価値世界の分析

・経験価値プラットフォームの構築

・ブランド経験価値のデザイン

・顧客インタフェースの構築

・継続的なイノベーションへの取り組み

が挙げられています。なお、ここで述べられている「経験価値プラットフォーム」とは、望ましい経験価値を五感に訴える方法で描写したものであり、「ブランド経験価値」とは、エスセティクス(美的経験)、ルック&フィール、メッセージ、イメージなどを指しており、「顧客インタフェース」とは、顧客とのあらゆる接点を指しています。図2.1-1 に、この経験価値マネジメント・フレームワークの5段階をイメージで示します。

図2.1-1 経験価値マネジメント・フレームワークの5段階【参考文献6より作成】

ところで、基本となっている「顧客の経験価値世界」とは、どういうことを指しているのでしょうか。その分析上、顧客の経験価値世界を、図2-2に示すように、4つの層、すなわち、

①顧客の社会文化的背景(消費者市場の場合)、あるいはビジネスの状況(B2B市場の場合)と結びついた広範な経験価値

②ブランドの使用や消費状況によって提供される経験価値

③製品カテゴリーによって提供される経験価値

④製品やブランドによって提供される経験価値

というように、広範で一般的な外側の層から始まり、より具体的な層に続き、最後にブランドの経験価値にたどり着くようにしたものが検討されています。この4つの層にわける方法は、経験価値世界の4層についての明確なイメージを創り出し、幅広い層をより特定の層へ落とし込むことを目標としています。

また、顧客とのあらゆる接点での顧客価値を把握する活動は、「顧客の意思決定プロセス」を明確にし、顧客の経験価値を高められる方法の理解を深めていくことにあると言われています。例えば、顧客の意思決定プロセスには、ニーズを認識、広告などの謳い文句の探索、製品の機能・性能・品質情報の探索と比較・選択、価格情報の探索と比較・選択、(同じブランドのもの、同じカテゴリーのもの、他のブランドのもの、まったく新しいカテゴリーのものなどを)購入、製品の使用・体験、製品の破棄、などの段階における意思決定が考えられます。これらの意思決定プロセスのそれぞれの段階で、顧客との接点が生まれます。

そして、これらの意思決定プロセスのすべての段階で、経験価値を高めること、すなわちQoEが、ビジネスの優位化に関連してくると思われます。

図2.1-2 経験価値世界の4つの層【参考文献6より引用】

なお、図2.1-1 の中でも示されている「ブランド経験価値」には、例えば、製品そのもの、ロゴとサイン、広告、サービス・エンカウンターや電話応対、ウェブでのインタラクティブな接触、など顧客が遭遇するすべての要素が関係しています。そして、ブランド経験価値の主要要素、鍵として、図2.1-3 に示すように、

①製品経験価値

②ルック&フィール

③経験価値コミュニケーション

の3つの要素が挙げられています。

図2.1-3 ブランド経験価値の3つの鍵(参考文献6より引用作成)

QoEの課題のひとつは、ビジネスの質との直接的な関係、上述した経験価値のマネジメントの中での直接的関係、顧客の経験価値をより高めていくことのキー方策を、QoEの視点からビジネス部門へも提言していくことであると思われます。

ここまでは、図2.1-1 に示されている経験価値マネジメント・フレームワークの主に第1段階についての概要を述べてきました。それでは、第2段階以降の、経験価値プラットフォームを構築し、ブランド経験価値をデザインし、顧客インタフェースを構築し、そして継続的なイノベーションに取り組んでいくためには、どのような企業活動を進めていけばよいのでしょうか?そのためには、どのような課題があるのでしょうか?次節以降にそれらについて見ていくことにします。

まず、エクスペリエンスはどのようにデザインしていけばよいのでしょうか?次節で、デザイン・メソドロジー(方法論)の流れをみながら、今後の課題について見ていくことにします。

3.エクスペリエンスのデザインの方法論について

3.1 人間中心設計(HCD)、ユーザ中心設計(UCD)

エクスペリエンスのデザインを進めていくためには、システム側からではなく、人間、ユーザ側からの視点でデザインしていくという考え方が基本的に必要です。この考え方の基本になっているのが人間中心設計(HCD:Human-centered design)もしくは、ユーザ中心設計(UCD:User-centered design)です。

英国ラフボロー工科大学のブライアン・シャッケル(Brian Shackel)を中心とするグループが長年行ってきた人間工学系の研究を基本として1995年にISOに提案され、1999年に国際規格化されたものとして、

「ISO 13407 1999 Human-centered design processes for interactive systems 」

があります。

(注:日本の翻訳規格は「JIS Z8530:2000 人間工学-インタラクティブシステムの人間中心設計プロセス」)

そこでは、品質そのものの評価値を定めるのではなく、良い品質の製品やサービスを提供していくためには、デザイン活動のプロセスが大切であり、そのための方法論を提示しています。そのプロセスは、図3.1-1に示すように、 4つのステップ;

・利用文脈の理解と明確化

・ユーザや組織の要求の明確化

・デザイン・ソリューションの生成

・デザインを要求内容に照らして評価

する活動から、構成されています。

なお、これらに関する評価法やテスティング法なども詳細に検討されています。【参考文献7】【参考文献8】【参考文献9】

図3.1-1 人間中心設計活動の流れ(ISO13407)【参考文献8】

この方法論に従って、様々な製品やサービスの品質向上への取り組みがなされてきました。しかしながら、この方法論を企業活動として具体的に定着させていくためには、単にユーザビリティなどに関連したグループだけではなく、全体としての企業内のカルチャーそのものを人間(お客)中心の考え方にしていく必要があることが指摘されるようになり、企業活動のHCDに関する成熟度(Maturity)が問題にされるようになってきました。すなわち、人間中心のデザイン活動や品質向上活動のマネジメントが課題になってきたわけです。

なお、ユーザ・センタード・デザイン(UCD)というのは、前述のドナルド A. ノーマンなど米国を中心に、それまでのシステム側からの見方からではなく、ユーザの視点を中心にして、製品・サービスをデザインしていくべきであるとの主張を実行するための同様の方法論の集合体を指しています。製品やサービスの良いインタフェースを実現するための様々なインタラクション・デザイン方法などが考えられています。この場合にも同様に、デザインや品質に関連したグループとしての問題ではなく、企業全体としてのユーザ中心のデザイン活動や品質向上活動のマネジメントが課題となってきています。なお、ノーマンが大学から企業に移り、そこでユーザ・エクスペリエンスのグループをひきい、続いて様々な企業のコンサルタント活動を始め、このマネジメントの課題の重要性を説いているのも、このような動きからでてきたものと言われています。

(注:欧州系から出てきたものは、ヒューマン(人間)、Hと呼称し、米国系から出てきたものはユーザ、Uと呼称している感があります。これらの内容は表面的には似ていますが、底流を流れる思想には、社会・文化的視点とビジネス的視点の差が少し感じられます。)

3.2 アクティビティ中心設計(ACD:Activity-centered design)

前項で述べた人間中心設計(HCD)は、マクロにみると、主に製品の悪いところを改善し、失敗を回避し、使える製品にするという設計方法として有効なものでした。そして、ある与えられたタスクを遂行することに焦点が当てられていました。

これに対して、HCD(UCD)を推進していたと思われるノーマン自身から、HCDのみを考えていただけでは不十分であることが指摘されました。【参考文献10】 そして、むしろ人間が社会的環境の中でおこなっている学習を伴う活動(activity)というものに焦点を当てた設計法、すなわちアクティビティ中心設計(ACD:Activity-centered design)を導入すべきである、と提起しています。【参考文献11】

この設計法の基底にあるものは、活動理論(Activity theory)と呼ばれるもので、文化・歴史的環境の中での、主体(Subject)と対象/目的(Object)と、それらを媒介するアーティファクト(Mediating artifact)からなる「複合的な媒介された行為(Mediated act)」にかかわる研究がおこなわれています。その活動理論からのアプローチでは、人は自らの活動システムのなかで発達的な転換、拡張による学習を行い、集団的に発達していく、ことも述べられています。【参考資料12】 いわば、HCDが人間個人に焦点を当てられていたのに対して、活動の概念は、個人という主体と共同体との複合的な相互関係に焦点があわせられていると見ることもできます。このような背景を、エクスペリエンスのデザインへ適用することを考えていくと、ACDは、タスクより広い概念のアクティビティを対象としており、文化・歴史的な環境を考慮した、よりコンテクスト・アウェアな設計方法と考えることもできます。

コンピュータや情報通信のサービス開発、エクスペリエンスのデザインをおこなおうとしている私たちは、まさに、これまでの技術の発達、各種のアーティファクト(人工物)という文化・歴史的な環境にかこまれ、自らの活動システムのなかで発達的な転換、拡張による学習を行い、集団的に発達していくという状況にあるわけです。

なお、ノーマンは、アクティビティとは、複数のタスクから構成され、コーディネイトされた(釣合いのとれた)、インテグレイトされた(統合された)複数のタスクの集合(セット)を指すと、いっています。【参考文献10】 これは、ACDが、エクスペリエンスが、単一のタスクの中での体験にとどまらず、複数のタスクから構成されるアクティビティにおける体験をデザインするのにも適していることを示唆していると思われます。

ノーマンは最後に、HCDもACDの両方が必要であり、HCDもこれまでのものにとどまらず、より精錬していく必要があると、指摘しています。【参考文献11】

3.3 ユーザ・エクスペリエンス(UX)のデザイン

ユーザ・エクスペリエンス(UX)デザインについては、対象とする製品やサービスに応じて、これまでに述べたHCDやACDなども参考にしながら、様々な方法論が個別に提案されている状況にあり、一般的に確立した方法があるというわけではないようです。

関係する従来のデザインに関連した方法論としては、

・インタラクションデザイン

・インフォメーションアーキテクチャ

・ユーザビリティ

・アクセシビリティ

・ヒューマン・コンピュータ・インタラクション

・ヒューマン・ファクター・エンジニアリング

・ユーザ・インタフェース・デザイン

・ナビゲーション・デザイン

・ビジュアル・デザイン

などがあり、これらを総合しつつデザインしていくトライアルが続けられています。

一方、前出の「顧客価値マネジメント」(参考文献6)の中では、新製品開発における様々な段階において、ユーザ・エクスペリエンスのデザイン、すなわち経験価値マネジメント・アプローチによるデザイン方法を提起しています。

多くの企業が用いている典型的な新製品の開発プロセスは、

①市場の評価

②アイディアの立案

③コンセプトの検証

④製品のデザイン

⑤製品の検証

の5段階から構成されています。この各段階に、ユーザ・エクスペリエンスのデザイン方法を組み込むと、

①の段階は、顧客の経験価値世界の分析

②の段階は、経験価値ソリューションの開発

③の段階は、経験価値コンセプトの検証

④の段階は、経験価値と製品特性の融合

⑤の段階は、顧客の使用経験価値の検証

になってきます。これらを、図3.1-1 の人間中心設計活動の流れになぞらえてイメージ化したものを、図3.3-1に示します。

図3.3-1 新製品開発の5段階への経験価値マネジメント・アプローチ(参考文献6より作成)

また、具体的な製品開発に経験価値を組み込んだ場合の例を、同様に図3.1-1の人間中心設計活動の流れになぞらえてイメージ化したものを、図3.3-2に示します。

図3.3-2 具体的な製品開発に経験価値を組み込んだ場合の例(参考文献6より作成)

3.4 ユーザ・エクスペリエンス(UX)のデザイン・ガイドラインの試み

一方、例えば、ETSI(European Telecommunications Standards Institute)では、「テレケア(E-ヘルス)サービスのためのユーザ・エクスペリエンス・デザイン・ガイドライン」が検討されています。【参考文献13】 そこでは、パーソナル・モニタリング、セキュリティ・マネジメント、電子的援助技術、情報サービスを使って、個人の健康と福利をサポートしようとしています。このデザイン・ガイドラインは、テレケア・サービスとその諸要素のユーザ・エクスペリエンスを最適化するために適用されるものです。

具体的なガイドラインとして、現在13のガイドラインが検討されていますが、テレケア・サービスの性格上、ユーザ・エクスペリエンスとして、まず、ユーザの信頼(User’s trust)が最重要視されていることが目を引きます。

すなわち、デザイン・ガイドラインは、ユーザの視点(原文では、ヒューマン・ファクターの視点)から3つのグループ;

(1)ユーザの信頼(User’s trust)

(2)ユーザ・インタラクション(User interaction)

(3)サービスの局面(Service aspects)

にわけて考えられており、各々の具体的なガイドラインを図3.4-1に示します。

この例の示すように、提供するサービスのおかれた社会的条件によって、重要視するエクスペリエンスを見極めることが大切であることを示しています。(このことは、図2.1-2 の経験価値世界の4つの層にも関係してくることです。)

図3.4-1 テレケア(E-ヘルス)サービスのためのユーザ・エクスペリエンス・デザイン・ガイドラインの構造

(参考文献13より引用作成)

3.5 未来のモノゴトのデザイン

つい最近、ドナルド A. ノーマンは「未来のモノゴトのデザイン(The Design of Future Things)という本を著しました。【参考文献14】

その中で、図3.5-1に示す、いくつかのデザイン・ルールを示しています。

(1)スマート・マシーンのヒューマン・デザイナーのためのデザイン・ルール

① 豊かで、複合した、自然なシグナルを提供しなさい

② 予測可能なようにしなさい

③ 良い概念モデルを提供しなさい

④ アウトプットを理解可能なようにしなさい

⑤ 迷惑にならないように絶えず気づきを提供しなさい

⑥ インタラクションを理解可能とし効果的にするために自然なマッピングを利用しなさい

なお、最終章において、ノーマンは、マシーンと対話し、議論をするというおもしろい試みをしています。そこでは、マシーンは「過去においては、マシーンをスマートにするのは人々でしたが、今や人々をスマートにするのはマシーンです。」と語っています。そこで、マシーンとのインタビューから得られたデザインルールが述べられています。

(2)マシーンによって開発された人々とのインタラクションを改善するためのデザイン・ルール

① モノゴトを簡単に保ちなさい

② 人々に概念モデルを与えなさい

③ 理由を与えなさい

④ 人々にコントロール中にあるように思わせなさい

⑤ 絶えず安心させなさい

⑥ 人間の行動に「エラー」というラベルをつけない

これらのデザイン・ルールは、未来のエクスペリエンスのデザインにも基本となると思われます。

図3.5-1 「未来のモノゴトのデザイン」におけるデザイン・ルール(参考文献14より引用作成)

4. あらためて、エクスペリエンスの品質とは? そしてその総合評価とは

4.1 エクスペリエンスとQoEの総合的展望

これまで述べてきたエクスペリエンス、QoEには、同じ言葉でもその持つ意味合い、スコープの大きさ、視点・焦点などに様々な違いが含まれていることを感じられたと思います。

そこで、ここでは、あらためて総合的な視点から、エクスペリエンス、QoEをとりまく環境を俯瞰して見ることにします。

以下では、仮に、ユーザ・エクスペリエンス(UX)の捉え方を、説明の便宜上、

①UX-A (同一のタスク内、単一のサーバにかかわるエクスペリエンス)

②UX-B (複数のタスク連携、複数のサーバ連携にかかわるエクスペリエンス)

③UX-C (新しいインタフェース技術にかかわるエクスペリエンス)

④UX-D (製品/サービスに関連した全体的なライフサイクルにかかわるエクスペリエンス)

⑤UX-E (関連した製品/サービスのシリーズ全体のブランドにかかわるエクスペリエンス)

と分類して、概観することにします。

①UX-A (同一のタスク内、単一のサーバにかかわるエクスペリエンス)

エクスペリエンスの基本形態で、例えば、 IPTVの例では、コンテンツプロバイダのコンテンツを、サービスプロバイダが、ネットワークプロバイダのネットワークを介して、一般家庭に提供している場合には、ヒューマンインタフェース要因、メディア品質(音質,画質など)や映像を見るモニタの画面の大きさなどをはじめとする端末・機器要因、ネットワーク要因、サーバや各種プロバイダー要因、などがユーザのエクスペリエンス、QoEに関連してきます。

特に、ヒューマンインタフェースはユーザが直接操作するものであり、コンテンツを探したり、予約したりという、インタフェースにまつわるさまざまな行動が、エクスペリエンス、QoEを大きく左右します。

図4.1-1 エクスペリエンスの総合的展望(その1: ①UX-A のイメージ)

②UX-B (複数のタスク連携、複数のサーバ連携にかかわるエクスペリエンス)

これは、前項におけるエクスペリエンス、QoEの諸課題に加えて、複数のサービスのタスク連携、すなわち総合的なアクティビティにかかわるエクスペリエンス、QoEがかかわってきます。

例えば、IPTVの場合には、例えば、EPG・ECGあるいはレコメンド機能、コンテンツのポータル・ナビゲーション機能、提供映像などに関連したコミュニケーション機能、などが提供される場合には、ユーザはダイナミックなシーケンスにわたるアクティビティを総合的にエクスペリエンスすることになり、このときの総合的なQoEが課題となると思われます。

図4.1-2 エクスペリエンスの総合的展望(その2: ②UX-B のイメージ)

③UX-C (新しいインタフェース技術にかかわるエクスペリエンス)

最近のヒット商品の傾向として、多機能・高機能といった仕様の優劣ではなく、ユーザ・インタフェースの新しさや使い勝手の良さ、質感といった、総合的なユーザ体験で勝負する機器が台頭してきた、などといわれるときに、Wiiがあげられることがよくあります。このように、やはり、ユーザインタフェース自体の新奇性も忘れることのできないエクスペリエンス、QoEに関係してきます。【参考文献15】

また、最近、研究レベルのアイデアであった各種の認識技術が実用化のレベルとなり、ユーザに新しい体験を提供する動きが多くなってきています。例えば、

・ジェスチャーを使って機器を操作

(例:立体映像として浮かんで見えるアイコンを手でつかんで、左側にあるカーナビに投げるような動作をすると、そのアイコンに応じてカーナビの画面上に検索結果などが出てくる。)

・拍手の音と手先の動きを認識してテレビを操作

(例:テレビの上部に設置したマイクで拍手の音をとらえ、拍手のタイミングと回数によって操作する。手先の位置でアイコンを指定したり、指先の曲げ伸ばしによってアイコンをクリックする。)

・顔認識によるインタフェース

(例:来店者にあわせた広告ディスプレイの表示、など)

・人体通信によるインタフェース

(例:人間が手をかざしただけで発生する微小な静電容量の変化をとらえることができる新しいユーザ・インタフェース。)

などが、現れています。【例:参考文献16】

このように、いわゆる次世代ユーザ・インタフェース技術といわれているものは、ユーザに新たなエクスペリエンスを提供すると共に、そのQoEは、例えば、各種の認識率、ジェスチャーとの整合性、体感と操作量との整合性、社会的受容度など、あらためて技術のイノベーション、技術の性能と人の感覚の諸関係などという、基本にもどった品質が求められてくることが想定されます。

そして、あらためてヒューマン・ファクターやエルゴノミクス、社会心理などの深堀が求められてくると思われます。

図4.1-3 エクスペリエンスの総合的展望(その3: ③UX-C のイメージ)

④UX-D (製品/サービスに関連した全体的なライフサイクルにかかわるエクスペリエンス)

ユーザは、例えば、あるサービスのあるタスクやアクティビティをおこなっている間だけ、エクスペリエンスを感じているわけではありません。例えば、広告、パッケージング、セットアップ、サポート、アップグレード、新バージョンへの移行、などに対しても、望ましいエクスペリエンスを期待しています。

前項までのエクスペリエンスやQoEの課題に加えて、このような、製品やサービスに関連した全体的なライフサイクルにかかわるエクスペリエンス、QoEの課題にも対応していく必要があります。

図4.1-4 エクスペリエンスの総合的展望(その4: ④UX-D のイメージ)

⑤UX-E (関連した製品/サービスのシリーズ全体のブランドにかかわるエクスペリエンス)

ユーザは、製品やサービスとの直接的なエクスペリエンスに加えて、例えば、その企業の複数の製品のルック&フィールを通して、商業的につくり上げられたコミュニケーション(パンフレット、印刷媒体広告やテレビ広告、ウェブサイトのデザイン、など)を通して、そしてまた店舗デザインなどを通して、ブランドをエクスペリエンスしています。

このように、最終的には、関連した製品/サービスのシリーズ全体のブランドにかかわるエクスペリエンスやそのQoEも課題となってきます。

図4.1-5 エクスペリエンスの総合的展望(その5: ⑤UX-E のイメージ)

4.2 システムの受容性とユーザビリティの評価・品質

エクスペリエンスの品質評価の基本には、少なくともそのシステムやサービスがユーザに受け入れられ、快適に使えることが必要です。

ユーザビリティ・エンジニアリングの先駆者の一人である、ヤコブ・ニールセン(Jakob Nielsen)は、製品がユーザに与えうる全体的な「価値」として、「システムの受容性(System acceptability)」という広い概念を提唱しています。【参考文献7、ニールセン】

システムの受容性とは、システムがユーザおよびそのクライアントや管理者すべてのニーズと要求を満たしているかということを指しています。そして、コンピュータシステムの総合的な基本条件は、社会的受容性と実務的受容性の両方があり、後者の中の一要素として「ユーザビリティ(Usability)を位置づけています。図4.2-1に、システム受容性の構成を示します。

図4.2-1 システムの受容性の構成とユーザビリティの位置付け(参考文献7、ニールセン)

ユーザビリティの評価項目としては、図4.2-2に示すように、

・学習しやすさ

・利用の効率性

・記憶しやすさ

・エラーの少なさ

・主観的な喜び

があげられています。このうち前の4項目は、エクスペリエンスの基底条件になるもので、それらが損なわれると、エクスペリエンスを台無しにしてしまうことも想定されます。そして、最後の項目は、 まさに楽しいエクスペリエンスを提供しようとしたときなどには、関与してくる評価項目・品質です。

図4.2-2 ユーザビリティの評価項目の内容の例(参考文献7、ニールセン)

このように、ユーザ・ビリティの評価項目並びに品質は、エクスペリエンス・デザインの評価項目・品質としても、基本的には参考になると思われます。ただし、これまでのユーザビリティ・テストは、基本的に悪い点を探し出して修正することを主としてきた感があるように思われます。新しいエクスペリエンスを評価するためには、よりポジティブな面の品質・価値を評価していく手法が必要になってくると思われます。

なお、製品がもたらすユーザーの体験を改善していくためには、民族誌(ethnography)(実地調査(フィールドワーク)に基づいて、社会や文化を記述する方法)の手法が有効であるとも言われています。

4.3 エクスペリエンス・デザインの評価、QoEの例

エクスペリエンス・デザインに関して、「Quality of Experience」の向上を目指したデザインの評価項目と評価基準として以下の8つの例があげられています(図4.3-1参照)。【参考文献3】

(1)ユーザに関する理解度(Understanding of users)

・デザイン・チームはユーザのニーズ、タスク、環境などを、どの程度理解していましたか?

・それらの理解を、どの程度プロダクトに反映させることができましたか?

(2)効果的なデザインプロセス(Effective design process)

・プロダクトは、良く考え抜かれ、うまく遂行されたデザインプロセスの成果となっていますか?

・プロセスの中で生じた主なデザイン課題は何でしたか?

その課題を解決するために使用した論理的根拠とメソドロジー(方法論)は何でしたか?

・ユーザの参加、繰り返しデザイン・サイクル、学際的コラボレーションとして、どのようなメソドロジー(方法論)を採りましたか?

(3)必要性(Needed)

・プロダクトは、どのニーズを満足させていますか?

・そのプロダクトは有意義な社会的、経済的、環境的な貢献をしていますか?

(4)学習と使用(Learnable and Usable)

・プロダクトは学びやすく使いやすいですか?

・どのように始め、どのように進めていくか、といったその目的がわかりますか?

それは学ぶやすく覚えておきやすいですか?

プロダクトの機能は、自明で、自ずからユーザに伝えるようになっていますか?

・スキルや問題解決の戦略などの様々なユーザ経験のレベルを考慮して、ユーザがアプローチし、使用することができるようになっていますか?

(5)適切さ(Appropriate)

・プロダクトのデザインは、適切なレベルで適切な問題を解決していますか?

プロダクトは効率的で実際的な方法で、ユーザに応対していますか?

・問題の社会的、文化的、経済的、技術的側面を考慮することが、適切な解決に貢献しましたか?

(6)美的エクスペリエンス(Aesthetic experience)

・プロダクトを使用することは、美的な喜びであり、感覚的に満足させるものですか?

・グラフィック・デザイン、インタラクション・デザイン、情報デザイン、インダストリアル・デザインといった各デザインの要素が連続して高いレベルで、首尾一貫されたデザインとなっていますか? プロダクトのスピリットとスタイルに矛盾がありませんか?

・デザインは技術的な諸制約の中で、良く成し遂げられていますか?

ソフトウェアとハードウェアの統合が成就されていますか?

(7)可変性(Mutable)

・デザイナーは、可変性が伴うことが適切か否かを考慮しましたか?

・個人やグループの特殊なニーズやプレファレンス(好み)に合わせるために、うまく適応できるようになっていますか?

・新しい、まだ見えていない利用方法が出てきた場合に、プロダクトの機能を変えたり進化させられるようなデザインになっていますか?

(8)管理性(Manageable)

・プロダクトのデザインは、単に機能性を“使用する”ということを超えて、使用することの全部のコンテクストをサポートしていますか?

・例えば、利用法のみならず、インストール方法、トレーニング、メインテナンス、コスト、サプライヤーのようなユーザの管理ニーズ対して、プロダクトは説明しヘルプしていますか?

・プロダクトのデザインに、権利と責任を含む、“オウナーシップ”のコンセプトと使用に対する競合をネゴシエーションするというような課題を考慮にいれていますか?

これらの評価項目と評価基準は、エクスペリエンスのデザインを評価していく上では、ひとつの参考になると思われます。

図4.3-1 QoEの評価項目例 (The ACM/interactions design awards criteria)【参考文献3】

また、図4.3-2に示すように、具体的な製品開発に経験価値を組み込んだ場合の評価尺度の例として、

①様々な使用状況において経験価値的な訴求力のある製品の機能性や使いやすさについて の尺度

②製品に対する全体的なフィーリングについての尺度

③SENSE、FEEL、THINK、ACT、RELATEに与える特定の経験価値の影響についての尺度

の3つの尺度を用いることも提起されています。【参考文献6】

これらは、ある部分については言語で測られ、またある部分については五感によって測られ、測定の一部は段階化、または得点表にしてイノベーションの進度を評価するのに役立てることもできる、としています。

図4.3-2 具体的な製品開発に経験価値を組み込んだ場合の評価尺度の例(参考文献6より作成)

4.4 総合的な評価、総合的なQoEの必要性

たとえ、上述の各々の評価が確定した場合にでも、顧客から総合的に見て、その製品やサービスのQoEをどのように考えればよいのでしょうか? 対象によって、また利用のコンテクストによって、どの項目を重視すればよいのでしょうか?

QoEの基本的課題のひとつは、各々の評価項目、評価基準から、顧客から見た総合的なQoEを導出するアルゴリズムを見出していくことであると思われます。

総合評価というと、顧客満足度という用語がよく聞かれます。

ところが、「経験経済」の中で、知るべきものは「顧客我慢」であるという項があります【参考文献4】。一般的には、QoEを高めて、「顧客満足」度を上げていく、ということが、普通に言われています。

ところが、改めて考えてみると、顧客満足は、次式で表すことができます。

顧客満足=顧客が得られると期待しているもの ― 顧客が得られたと認知しているもの

ところが、顧客満足度の測定は、顧客が本当に欲しいものを発見するというよりは、すでに企業が提供していることに対して、顧客が抱いている期待を理解し、マネジメントすることを主眼としています。エクスペリエンスを創造しその品質を高めて行こうとしたときには、これでは不十分です。提供しているものに対する評価だけではなく、顧客が心ならずも受け入れたものものと、本当にもとめているものとのギャップ、すなわち次式;

顧客我慢 = 顧客が本当に求めているもの ― 顧客が(心ならずも)受け入れたもの

で表される「顧客我慢」を探求していくことが大切になってきます。

これまで、企業は顧客満足の向上を目ざして、トータル・クオリティ・マネジメント(TQC)を進めてきたこともあります。ところが、TQCプログラムを使うと、いわゆる平均的な顧客の満足度を向上させようとして、次々と新しい機能や新しい特性などを加えていくというアプローチをとることになってしまいがちです。平均的な顧客のために製品やサービスをデザインしてきたことが、顧客我慢を生む原因にもなっています。

エクスペリエンスを創造し、そしてそのQoEを高めていこうとしたときに基本となるのは、顧客のことと利用時のコンテクストを良く知るこが大切です。

最近、ユーザが本当に使いたいと感じる製品やサービスの実現をサポートするためのツール・手法として、「ペルソナ」というものが導入されつつあります【参考文献17】。これはインタラクションデザインだけでなく、あらゆる分野の製品やサービスのデザイン、コミュニケーションのデザインにおいて、顧客のエクスペリエンスを改善するツールのひとつと考えられています。「ペルソナ」とは実在する人々についての明確で具体的なデータをもとに作り上げられた架空の人物であり、ユーザビリティなどの検討で用いられているユーザ・モデルの、より顧客のエクスペリエンスを重視したモデルということもできると思われます。

QoEのひとつの課題は、ユーザというような一般語ではなく、具体的な顧客のエクスペリエンスに焦点を当てられる新たな顧客のモデルと利用コンテクストと経験プロセスのモデルを創出していくことです。そして、顧客満足にとどまらず、「顧客我慢」の本質を探究していくことであると思われます。

また、ネットワークを介して多くのステークホルダー(例:コンテンツの提供者、番組プログラムの提供者、インタフェース・エージェントの提供者、などなど)が提携しつつサービスを提供していく場合には、顧客のネットワーク・サービスの利用体験に多くのステークホルダーの特性が影響してくることになります。

QoEの課題のひとつは、総合的なQoEのネットワーク・アーキテクチャのモデルを創出し、協調的発展のためのステークホルダー間のコーディネーションに役立てていくことであると思われます。

4.5 QoE総合知のオントロジー

これまで示してきたように、QoEのR&Dビジネス活動には基本的な課題として、広い視野と深い知恵が要求されています。このような課題に対応していくためには、QoEをとりまくシステムでもある、いわば「電子社会システム」の研究における取り組みが、ひとつの参考になると思われます。

電子社会システムの研究は、「電子化が進む社会のシステムを、豊かで活力に満ち、そして信頼感のもてる安定したものとするための指針、戦略および具体的手法を、経済学、政治学、法学、哲学・倫理学、情報科学・工学などの面から総合的に、学際的に国際的なグローバル性を考慮しつつ探求する」およそ80名の文系・理系の先生方の研究プロジェクトです。そのアウトプットには、たとえば、沖縄サミットにおける「eQuality」概念の提案、情報倫理教育の提案と開始、なども含まれ、「電子社会のパラダイム」などとして、とりまとめられています。

「電子社会システム」のR&D(研究開発)活動の基盤を支える思考のツール類は、学際的で、国際的で、いわゆる文系・理系の融合領域の課題に対応していく必要があり、しかも日々の流動的現象を前にして、緊急にアジャイルに現実の政策やビジネス戦略などへフィードバックをさせていかなければなりません。

今後のR&D活動は、全体として捉えて進めていくことが重要で、ビジネス環境や社会環境とのダイナミックなフィードバック・ループを具備した方法論(メソドロジー)や研究戦略ツール類を開拓しながら進めていくことが大切であることが指摘されています。【参考文献18】

全体として捉えて進めていくことに関しては、かって、ハイエクが、「適切な社会秩序という問題はこんにち、経済学、法律学、政治学、社会学,および倫理学といったさまざまな角度から研究されているが、この問題は全体として捉えた場合にのみうまくアプローチできる問題である」と述べています。また、「ハイエクにとって、主要問題は、どんな人もその一部しか把握できないある複雑な環境のなかで、どう行動するかを知ることである」といわれています。【参考文献19】

今後のビジネスのキーであると言われているエクスペリエンス、そしてQoEに関係する者にとっては、上述の話は、似た状況にあるとみることもできます。一部しか把握できない個にとって,ある観点からどのようにして全体をみていくのか,ここにはいわば「総合知」が求められていると言えます。

すべては関係性のもとにあるといわれています。これまでに示してきたQoEに関連した考え方の関係性をみて理論体系とするには、個々の節で述べた事項毎の「QoE知のオントロジー」、そして,それらを総合するための「QoE総合知のオントロジー」を構築していくことが望まれます。

それが、今後の優位化戦略のキーにつながっていくものと思われます。

5. UXマネジメントが今後の企業経営にとってのキー

5.1 UXマネジメントの重要性

これまで述べてきたQoEへの要請を、実際の日常の企業活動、ビジネス活動に活かして行くにはどうすればよいのでしょうか?

すでに多くの企業で、時代のキーワードである「ユーザ・エクスペリエンス(UX)」のデザインと評価活動を企業組織の中に埋め込んでいます。また、埋め込もうとしています。

しかしながら、その活動を、これまでの研究開発活動、製品・商品開発活動、サービス開発活動、ビジネス活動などと協働させようとしたときには、難しい面があるようです。これまでに述べられているように、企業全体としてのユーザ中心のエクスペリエンス・デザイン活動や品質向上活動のマネジメントが課題となってきています。

QoEの大きな課題のひとつは、QoEの考え方を具体的に、日常の企業活動の中にどのようにうまく活かしていくかをマネジメントしていくユーザ・エクスペリエンスのマネジメント:UXマネジメント(ならびに前述のCXマネジメント)を定着させていくことであると思われます。【参考文献20】【参考文献21】 そのイメージを図5.1-1に示します。

(注:用語として、ユーザ、Uと付くと一般的に技術や設計・デザインや品質的な視点からの言葉の感があり、顧客、Cと付くとよりビジネス指向な視点からの言葉の感があります。)

図5.1-1 UXマネジメント(CXマネジメント)のイメージ

5.2 ユーザ・エクスペリエンスのデザインに必要なスキルとチーム

例えば、ユーザ・エクスペリエンスのデザインに必要なスキルの例として、図5.2-1に示すものが挙げられています。しかしながら。これらのスキルは、一人の同じ人の中に見出すことは困難なことであることが、指摘されています。【参考文献21】

このことが、ユーザ・エクスペリエンスを研究開発していくためには、多彩なスキルを備えた人材からなるチームが必要であり、そのチームをどのように組織としてデザインしマネジメントしていくかが、キーになっているわけです。

図5.2-1 ユーザ・エクスペリエンスのデザインに必要なスキルの例【参考文献21】

最近、例えば、実際にエクスペリエンス・デザインを適用して開発をしていく場合の方法論として、エクスペリエンス・チームモデルというものも考えられています(図5.2-2参照)【参考文献22】。

ビジネス・ドメイン、プレゼンテーション・ドメイン、システム・ドメインに関連する各々の担当者、すなわち、

・プロジェクトマネージャ(PM)、

・グラフィックデザイナー(GD)、

・システムデベロッパー(SD)、

・エクスペリエンスアーキテクト(XA)、

・エクスペリエンスデザイナー(XD)、

・インタラクションデベロッパー(ID)

が各ドメインでのロール(役割)を果たしながら協働して開発していくというものです。これもひとつの参考になると思われます。

図5.2-2 エクスペリエンス・チームモデル(参考文献22より引用)

5.3 UXマネジメント自体の体験流、そしてQoEによる選択と割り切り

UXマネジメントの基本には、ユーザからの極めて多くのニーズ・要求項目(開発担当者にとっては、クライアントやビジネスサイドからの極めて多くのニーズ・要求項目)があります。そして、このニーズ・要求項目という言葉で表されているものには、必須のニーズから願望まで、いろいろなレベルのものがあげられてきます。これらをすべて実装し満足してもらおうとマネジメントしていくことは不可能に近いと思われます。いわば、行き過ぎた顧客主義に陥り混乱をまねくことも想定されます。このような課題に対応していくためには、UXマネジメント自体の体験や、要求に関する分野の体験、いわば様々なマネジメントに関する体験の流れからの学びをフィードバックしていくことが肝要だと思われます。

要求(Requirements)をマネジメントすることに関しては、要求工学(Requirements Engineering)や要求主導のプロジェクト・マネジメント(Requirements-Led Project Managements)という分野・考え方があります。【参考文献23】。これには、顧客ニーズを創出していく、顧客の新しいエクスペリエンスを創出していくことも含まれています。

要求主導のプロジェクト・マネジメントにおいては、要求を記述するときに、顧客価値と呼ぶ内容を加味することを推奨しています。(注:ここでの「顧客価値」はcustomer value の訳です。)この顧客価値は2つの尺度で表されています。1つ目の尺度は、要求に対する満足度の尺度、すなわちその要求を実現できたらクライアントはどれほど幸福かを5段階で評価する。2つ目の尺度では、要求に対する不満足度の尺度、すなわち逆にその要求を実現できないとしたらクライアントはどれほど不幸かを5段階で評価する。そして、この満足度と不満足度のスコアを合算し、評点の高い順番にソートして、許された時間内で実装できる限りのものを上から順番に選択するというものです。

また、リリースまでにとても間に合わないほどの大量の要求を抱えて困っているような場合には、トリアージ(triage)の考え方を導入して、優先順位を整理・選択し割り切りをしていくようにUXマネジメントを進めていく必要があります。(注:救命救急医療の分野において、災害発生時や大事故などの場合に、重症度や緊急度に応じて傷病者を選別し、救命の可能性の高い人を優先することにより、限られたリソース下で最大多数に最善を尽くす方法)

このような、要求に対する優先順位づけの方法に加えて、例えば、各々の要求におけるエクスペリエンス要素の品質からみた重要性・優先度を付加していくことが考えられます。すなわち、QoEによる選択と割り切りをおこなうことが、考えられます。図5.3-1に、優先順位づけした要求のテーブルの例を示します。

なお、最近話題になっているiPhoneのユーザ・エクスペリエンスは、多くの点で高く評価されていますが、一方では足りない機能要素がたくさんあることも、指摘されています。これは、アップル社が考えたユーザのエクスペリエンスを実現する上での割り切りであるとも見られています。ユーザ・エクスペリエンスを開発する立場からすると、特定の手段を使うと必ず利点と欠点がでてきます。だからこそ、どこに焦点をあてて選択し、どこを割り切るのかが重要になってくる、ということが指摘されています。【参考文献24】

図5.3-1 優先順位づけした要求のテーブルの例(参考文献23より引用加筆修正作成)

iPhoneは、単にユーザ・インタフェースの面で使いやすい携帯電話を作っただけでなく、箱を開けるときから、サービス設定をするときも、当然サービス利用のプロセスにおいても、そのユーザ・エクスペリエンスの面でとても良いものである、と賞賛されています。これらは、最初の章でのべたアップル社のユーザ・エクスペリエンス・アーキテクチャ・グループの創設以来、長年にわたって「ユーザ・エクスペリエンス」の創造とその品質向上に取り組んできた、いわば「企業文化」の中から、生まれてきたものといっても良いと思われます。「エクスペリエンス」の捉えかたには多様なものが見られます。しかしながら、この例が教えてくれるように、インタフェースのレベルでの長年にわたる体験と知見、それをユーザ・エクスペリエンスのレベルに引き上げ、そしてそれをUXマネジメント(ならびにCXマネジメント)として企業カルチャーとしてきた底力の賜物であると言っても過言でないと思われます。(詳細については、【参考文献25、26、27】)

しかしながら、アップル社にとっても、当初のユーザ・エクスペリエンスだけでは安心はできません。今後も、例えば、iPhoneの他社製品との帯域・速度にかかわるQoEの競争、製品群の今後のアフターサービスにかかわるQoEへの要請など、まさに継続した総合的なQoE競争にさらされているともいえます。絶えざる総合的なUXマネジメントをおこたると、アップル社といえども、厳しい現実に直面することもありえるわけです。

このように、UXマネジメント(ならびにCXマネジメント)をどのように進めていくかが、今後のキーになると思われます。

6. QoEの深化とビジネスの展開

6.1 QoEの横展開(体験流の組合せ)の例

エクスペリエンスが注目され、そのエクスペリエンスという言葉にも、それを扱う専門分野、ソサエティによって、様々な意味合いをもたせています。

例えば、現在のITU-Tで議論されているIPTVの中でのQoEの対象の例としては、

•ザッピング時間(Zapping Time):チャンネル間をスイッチする時間

が挙げられています。

また、「インタフェース」や「IPTVのさらなるQoE検討要素」では、コンテンツを探したり、予約したりするときのQoE、ユーザに新しい発見を与え有益なコンテンツに到達するときのQoE、映像視聴とコミュニケーションがシームレスに可能な場面におけるQoE、などがあげられています。

このように、現在ITUTで議論されているエクスペリエンスに加えて、IPTVの今後の展開を想定したときに、まだまだ、いろいろなエクスペリエンスが考えられます。

例えば、

・EPGなど番組プログラムの提示・選択体験、

・VOD体験、

・映像のナビゲーション・検索体験、

・映像の中から買い物体験、

・スポーツ見物・仮想参加体験、

・様々なビデオ会議ソリューション体験、

・YouTubeなどとの連動体験、

・まさにその場にいる臨場感体験、

・イマーシブ・テレプレゼンス体験、

・モバイル映像との連動体験、

・映像による協同作業体験、

・IPコラボレーション体験、

・映像による教育体験、

・映像チャット体験、

・映像ポータル体験、

・PPV(ペイ・パー・ビュー)体験、

・DVR連動体験、

・ユニファイド・コミュニケーション体験、

・そして基本となる各種設定体験、

などなどが考えられます。

この各々の体験に対して、QoEが考えられ、それを高めていくことが、競争優位につながっていくと思われます。

当然のことながら、多くのステークホルダーとの協働活動は複雑になっていきますので、それらの関係性をうまくUXマネジメントしていくことが必要になります。

人は、たえざるエクスペリエンスの流れの中にいるとも言えます。

QoEの今後の展開を考えていく場合には、様々なエクスペリエンスの流れ、いわば「体験流」を学び、社会的に生み出していくメカニズムや、「経験/体験の構造」を検討していくことが、今後のビジネス展開における優位化につながっていくものと思われます。

また、基本となる人や組織の源泉を行動・認知・感情などの面からトータルにとらえ、さまざまなレベルのインタフェース問題の基底、ミクロとマクロな視点をわかりあえる認知、認知的人工物がもたらすもの、などについて検討していくことも、地力のあるビジネス展開につながっていくものと思われます。【参考文献28】

6.2 QoEの縦展開(QoEレベルの深化)の例

基本に戻って、人の「エクスペリエンス」を詳細に見てみると、人の内面はいつも同じ状態にとどまっているわけではなく、外界とのインタラクションによって、たえずエクスペリエンスのレベルを深化(もしくは進化)させていると考えることができます。

例えば、わかりやすい例として、学習(Learning)においては、エクスペリエンスのレベルというものが、図6.2-1のように考えられています。【参考文献29】

例えば、学習に関連した情報通信サービスを提供しようとする場合には、どのレベルのエクスペリエンスを提供しようとしているのか、その各レベルにおけるQoEをどのように定義し、どのようなUXデザイン方法によってより良くしていこうとしているのかなどを検討する必要があります。

そして、ユーザに次のエクスペリエンスを気づかせていくようなデザイン、マネジメントをしていく必要があります。

なお、4.3項で示されている一つの評価項目である「可変性(Mutable)」の中に示されている、「新しい、まだ見えていない利用方法が出てきた場合に、プロダクトの機能を変えたり進化させられるようなデザインになっていますか?」という評価尺度はこれにも相当すると思われます。

図6.2-1 エクスペリエンスのレベルの例(学習の場合)【参考文献29より引用作成】

6.3 QoEを架け橋としたR&Dビジネス活動のイノベーション

今までのユーザビリティやサービス品質(QoS)では不十分であるとの認識から始まったQoEの背景には、例えば、ITU-TのQoEワークショップの冒頭でも述べられているように、

・品質駆動の経済(Quality driven economics)

・品質で差異化された様々なサービス(Quality differentiated services)

というビジネス指向の要請が流れています。そして、競争力のある品質は、お客がそのサービスを何度も使い、お客を継続的につなぎ止めておくために、必須であるとも述べられています。

今後は、これまでに述べられた、

・通信分野で進められているITU-T でのIPTVのQoEへの取り組み

・インタフェース分野で展開してきたユーザ・エクスペリエンスでのQoEへの取り組み

・経済、マーケティング分野で展開している経験経済、顧客価値への取り組み

この3つの分野でのエクスペリエンスへの取り組みの流れを総合化し、実際の企業活動の中でマネジメントしていくことが競争優位化のためのキーになってくるものと思われます。

優位化に結びつくエクスペリエンスをデザインし、そのQoEを高めていくためには、マクロに捉えると、例えば

①「お客の局面」:お客との様々な“タッチ・ポイント”を観察・開拓し、

②「ビジネスの局面」:マーケットやターゲットユーザとそのビジネスモデルを仮説し、

③「サービス、ブランドの局面」:プロダクトやサービス、そしてブランドのコンセプトを形成し、

④「エクスペリエンスの局面」:提供するエクスペリエンスのレベルやフレームワークを選定し、

⑤「試行導入の局面」:プロトタイピングによる検証、

するなどの各活動を、

「QoEの局面」:提供するエクスペリエンスのQoEの明確化、

実フィールドにおけるQoE観察・テスト・メジャーリング

を媒介にして繰り返しながら、UXマネジメントを駆使した、R&Dビジネス活動の継続的なイノベーションを進めていくことが期待されます。

図6.3-1に、QoEを架け橋としたR&Dビジネス活動のイノベーションのイメージを示します。

製品や商品の機能の提供、サービスの提供の時代から総合的なエクスペリエンス、そしてそのQoEの提供競争の時代となってきています。

これからは、そのエクスペリエンスの質(QoE)を架け橋にして、R&Dビジネス活動を継続的にイノベーションし続けることが、ビジネス競争を左右する時代になってきたと言えます。

図6.3-1 QoEを架け橋としたR&Dビジネス活動のイノベーションのイメージ

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