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日常行為の観察を通じて隠れた要求を見つける

日経エレクトロニクスの記事を素材にした「示唆・学び」の共創・創発の場

【目次】

1.概要:背景と状況

2.ユーザの隠れた要求を探る

3.定量調査を補完する

4.事業目的で使えるように民族誌学の手法を工夫

5.ユーザを煩わせずに観察

6.さまざまな手段を観察に利用

7.調査員には訓練が必要

8.観察から意味を抽出する

【参考コラム】 Intel社が「時間」を研究する

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1.概要:背景と状況

多くの企業が民族誌学の手法を応用したユーザーの調査に乗り出している。

従来の調査手法では発見が難しかった要求を見つけたり,開発グループの意見を統一したりできる。

企業の戦略策定や新しい製品分野の探索から,個別の製品の改良まで幅広い目的で利用されている。

最近では実際の製品につながった事例も出始めている。

各社は,元々は学術的な調査方法を,事業目的に活用でさるよう工夫を凝らす。

実際の調査の方法や心得,結果の分析などについて各社の取り組みを紹介する。

大日本印刷は考えた。同社が手掛ける印刷事業は、電子メディアによる情報伝達か発端していくと、いずれ脅かされるのではないか。

そのときに備えて紙に代わる新しいメディアの事業を今から手掛けておいた方がいい。

しかし電子メディアを開発するノウハウを,同社は持っていなかった。

そこで目を付けたのが民放誌学(エスノグラフィー)の方法論による消費者の調査である。

以前から民族誌学の手法を活用してきた米Palo Alto Research Center, Inc. (PARC社)のコンサルティングを受けて,同社は新しいメディアの設計に乗り出した(図1)。

各社の狙いの一つは,大日本印刷のように土地勘のない分野の新しいサービスや機器の開発に利用することである。

pp.62-63で紹介したように,開発者とユーザーが一体だったり近しい関係を維持できたりしている分野では,こうした調査は必要ないかもしれない。

しかし今や多くの企業の開発者が,自分たちにとって未知の領域のユーザーを相手に開発をせざるを

得ない状況に追い込まれている(注2)。

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(注2)Intel社が民族誌学の研究に着手したのは,1990年代中ごろ。

1994年に消費者向けのパソコンの販売台数が企業向けを初めて上回ったことを受け,消費者向けの製品作りに不慣れだった同社が目を付けたのが民族誌学だった。

1995~1996年に家庭でのパソコンの利用に関する調査を実施。

その成果は、Microsoft社と共同開発した「Tablet PC」に影響したという。

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民族誌学の調査を実施すると,ユーザーが何を望んでいるかが鮮明に分かるため,仕様の策定で迷いが減るという。

「民族誌学を利用すると,開発段階で起こる仕様の変更が以前と比べて半減する。

我々はバイブル効果と呼んでいる」(企業の業務の調査に民族誌学を活用する,富士通生産革新本部ソーシャルサイエンスセンターセンター長の岸本孝治氏)(注3)。

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(注3)富士通も,民族誌学のノウハウはPalo Alto Research Center社から導入した。

当初は社内の業務の分析が対象だった。

その後,実際の事業で使えるノウハウを独自に蓄積し,顧客の業務を把握するためにも利用している。

富士通は社内で民族誌学の専門家を養成するのに加え,民族誌学の素養があるSEを数百名規模で育てる計画である。

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民族誌学の応用は,企業の戦略策定から個別の製品の改良まで多岐にわたる(表1)。

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(注1)Microsoft社のOS「Windows XP」の無線LAN機能や、ドイツSAP社の中小企業向けのソフトウエア製品「SAP Business ByDesign」, Intel社の発展途上国向けパソコン製品などが.民族誌学の調査結果を利用している。

Intel社は、2007年10月に開催された、民族誌学の産業応用に関する会議「EPIC 2007:Ethnographic Praxis In Industry Conference」で,同社のDirector of Research for the Emerging MarketsのTony

Savador氏が基調講演をしたほか、発表された論文23本のうち6本にかかわった。

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大日本印刷か対象にしたのは,都市部における19~25歳程度の若者向けの情報発信である。

どのような需要かあるかを探るために、東京の繁華街で若者の行動を観察し,数々のインタビューやアンケート調査を実施した。

その結果,分かったのは,東京に遊びに来ている若者は,実は訪れた場所の周囲に何があるかよく知らないことだった。

新技術に抵抗感はないが,煩雑な操作を嫌うことも分かった。

そこで、大日本印刷らが考案したのは,街中で近隣にある店舗や娯楽施設を推薦してくれるシステムである。

いちいち検索などしなくても,そのときのユーザーの要望に即した結果を自動的に提案してくれるシステムはどうか。

ユーザーに推薦する候補を絞るために,時間帯やユーザーの嗜好を考慮するンステムを発案。

2007年秋に試作システムか出来上がった。

大日本印刷らは今後、このシステムを繁華街で使ってもらうテストなどを実施し、事業化を検討する計画である。

2.ユーザの隠れた要求を探る

大日本印刷のように民族誌学の手法をユーザーの調査に生かす動きが,多くの企業に広がっている。

ユーザーを直接観察することで,行動の動機や表面化していない問題点などを探し出す手法である。

このような活動から生まれた製品は既にあるが、各社ともまだ公開できないものも多く,本格的に成果か表れるのはこれからだ(注1)。

米Microsoft Corp.や米Intel Corp.、は,文化によって違う生活慣習の違いといった,極めて視野が広い調査を手掛けている。

多くの製品に機能を提供する基盤技術を開発する場合には,ここまで根本的な水準でユーザーを知る必要があると両社は口をそろえる。

例えば英Microsoft Research Ltd., ResearcherのAlex Taylor氏は,一般の家庭でさまざまな道具がどう使われているのかを調べている。

家具の引き出しに何を入れているのか,冷蔵庫の扉にどういう情報を張っているのか,その理由は何なのかを探る。

人と道具の相互作用の中に社会的に決められた習慣を見いだし,将来の機器開発に向けた背景情報の提供を目指す。

製品の具体的な改良に民族誌学を応用する例も少なくない。

米Yahoo! Inc.が,オンラインでデートの相手を見つけるサービスのユーザーの行動を調べたところ,相手との連絡に使うインスタント・メッセージの内容を多くのユーザーが手作業でカット・アンド・ペーストしていた。

当時のサービスでは,メッセージを保存できなかったからである。

メッセージを保存可能にしたところ,「サービスの利用率が高まり,(広告)収入もかなり上がった」(同社 Principle Research ScientistのElizabeth Churchill氏)(注4)。

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(注4)民族誌学の調査の採用で先行したデザイン会社の米IDEO社は、米Spectra-Physics, Inc.のレーザ・バーコード・スキャナー技術の改良を手掛けたことがある。

「最低限のレーザ光でパーコードを正確に読み取れる優れた技術だったが,実際の店舗では大失敗だった」(IDEO杜 chief creative officerのJane Fulton Suri氏)。

これは従来のバーコード・リーダーとバーコードに向ける角度が違ったためだと民族誌学の調査で判明した。

IDEO社は、バーコードに向ける方向を示す画像を機器に追加して問題を解決した。

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人気を集めるインターネット上のサービスの実態を調べて,次のサービスの開発に生かそうとする動きもある。

米University of Southern Californiaは,動画共有サイト「YouTube」の利用者の行動を調査した(図2)[1]。

YouTubeにおけるユーザーのコミュニティーの特性を知ることで,Webサイトにソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)の機能を加えるときの注意点や,新たなコミュニティー・サービスを生み出すヒントを得られるとみる。

3.定量調査を補完する

各社が民族誌学の調査に乗り出している一因は,従来の「定量的」な調査では限界があると考えるようになったからである(表2)。

ユーザーを調査するときに多くの企業が頼ってきたのは,アンケート調査の結果を統計的にまとめるといった,結果を数値で表現する方法である。

これらの方法は,ユーザーの現状を定量的に把握する目的には向いているが,背後にあるユーザーの意識や理由については,推測の域を出ないことがほとんどだ。

そのため解釈する人物の考え次第で結論が大きく変わり得る欠点がある。

民族誌学の調査は,ユーザーの意識や理由を一歩踏み込んで明らかにしたい場合に有利だ。

Yahoo!社の写真共有サービス「Flicker」で,ユーザーがアップロードした写真を公開する機能の利用率が,地域によって違うことが分かった(図3)[2]。

同社は今後実施する民族誌学の調査が,理由を見つけるために有効と考えている。

ただし,民族誌学の調査は,成果の使いこなし方も従来の定量的な調査と一線を画する。

機器やサービスの開発者は.定性的な調査結果の意味を自分なりに咀嚼してから,仕様や設計に反映する必要がある。

「民族誌学の調査は,すぐに解決策につながるというよりも,頭の中にためておいて,後からアイデアが出てくるといった感じ」(オムロンヘルスケアで健康関連機器の調査を手掛ける,商品事業統轄部デザイン部長の小池禎氏)。

調査の目的や性質を考えると,可能であれば開発者自らが調査に参加した方がよさそうだ。

「調査に参加すると精神的に疲れる。でも,それが後の開発で必ず役に立つ。例えば実際にユーザーの顔が浮かんでくるようになる」(小池氏)。

撮影したビデオを見るだけでは,伝わらないものがあるのだ。

調査自体は,専門の部署が実行することが多いが,開発部門との距離を縮める動きはある。

Intel社は,研究所にいた民族誌学の研究グループを,民生向け製品を手掛けるDigital Home Groupに移した。

今後の技術者は,民族誌学の成果を活用する素養を持つべきとの指摘もある

デザイン会社の米IDEO社,director of technology strategyのDave Blakely氏は,

「特定の分野で深い知識を持つ優秀な技術者は,中国やインドをはじめ世界中にいる。今後の技術者は単に優秀なだけでなく,社会学者のように全く異なる考え方を持つ人たちとうまく仕事ができるようになるべき」と語る(注5)。

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(注5)米国の大学では技術者に民族誌学など社会学の素養を身に付けさせる動きがある。

米Stanford universityでは約15年前にコンピューターサイエンスの学生に民族誌学を教え始めた。

同大学のStanford Institute of Designで教えるAssociate Professor, Co-Director for Work,

Technology, and organization, Management Science and EngineeringのPamela Hinds氏

によると,現在では機械工学や電子工学の生徒も対象という。

Hinds氏は現存,Stanford university の中国校で民族誌学とテザインを教えている。

米University of California, San Diego校のProfessor of Cognitive ScienceのDavid Kirsh氏は民族誌学や他の社会学に重点を置いたデザイン研究部門の設立を計画している。

『21世紀に入って,単なる技術は通用しなくなった。

今後は製品がもたらすサービスによってユーザーがどれだけ喜ぶかが,最も重要な差別化のポイントになる」(同氏)。

同氏は,ナノテクや機械工学など幅広い分野の技術系の学生と,社会学や美術,デザイン系の学生を一緒に勉強させる予定である。

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4.事業目的で使えるように民族誌学の手法を工夫

民族誌学は人類学が利用してきた手法で,学術的に厳密な方法論がある。

実際に各社が手掛ける調査は,そこまで厳密なものではなく,事業に応用できるように工夫している部分が少なくない(注6)。

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(注6)エレクトロニクス業界で利用している手法の多くを,民族誌学者は民族誌学の手法とは呼ばず,

「民族誌学の影響を受けた方法」と見なしている。

本記事では,これらを含めて民族誌学の手法と呼んでいる。

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各社の調査は、いくつかの段階に分けられる(図4)。

以下では、それぞれの段階での工夫や重要な点を紹介する。

準備の段階では,まず調査の目的を決める。

それに基づいて,どのようなユーザーのどういった行動を観察するのかを定める。

このとき重要なのが,実際にユーザーがいる現場で調査できるように段取りを整えることである。

ユーザーを観察する方法の一つに,自社のユーザビリティ・ラボ(注7)で機器を使ってもらって観察する方法がある。

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(注7)ユーザビリティ・ラボ=機器の操作性などを調べるための特別な部屋。

被験者は通常,評価対象の機器を用いて特定の作業を実行するように指示を受ける。

その際のユーザーの行動を,ビデオで撮影したりハーフミラー越しに観察したりできる。

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これではユーザーが現実に活動している状況から切り離されてしまう。

例えばオフィスでは電話がかかってきたり他の社員に話し掛けられたりといった偶発的な出来事が生じるが、それらの影響が見えなくなる。

観察対象のユーザーは通常狙いとする機器やサービスの典型的なユーザーである。

調査会社に募集を依頼したり社内外のモニター制度を利用したりして,目的に合った人物を探す。

あるいは発想を刺激するために,あえて典型的でないユーザーを調べることもある。

民族誌学の調査を手掛けるデザイン会社のインフィールドデザインでは,想像を超えるようなユーザーを探すという。

「平均的なユーザーを調べると他社と同じような調査結果か出てしまう。

特徴的な製品の開発につながらない。

我々は車載機器に関する調査で,子供が7人いる人や,高齢者なのに若い人と一緒にツーリングに行くような人,とんでもない大金持ちの友人がいる人や、運転が嫌いな女性などを訪問した」(同社 代表の佐々木千穂氏)。

5.ユーザを煩わせずに観察

民族誌学の調査の基本は、ユーザーの行動を現場で観察して記述することである。

大日本印刷らの街中での調査のように相手に気付かれないように実行する場合もあれば,企業の業

務を分析する富士通の調査のように,観察される側に調査員の存在が明らかな場合もある。

後者では,相手の許可を得るだけでなく,観察される相手との信頼関係か重要になる。

「現場はやっぱり見られるのを嫌がるか,専門家は信頼関係を確立するすべを心得ている」(富士通の岸本氏)。

ただし,注意しないとちょっとした一言が,調査に大きく影響することがある。

ユーザー調査などを手掛ける米Portigal Consulting社,FounderのSteve Portigal氏が調査に顧客企業の技術者を連れて行った時のことである。

調査対象者が、HDDレコーダー「TiVo」のことを,「タイポ」と呼んでいた。

これに対して技術者は、通常そう呼ばれている通りに「ティポ」と発音した。

この発言がユーザーに影響を及ぼした。

「技術者がユーザーより知識があることが明らかになった。

会話の主導権がユーザーから技術者に移ってしまい、ユーザーは正直に話す気持ちを失った」(Portigal氏)。

6.さまざまな手段を観察に利用

単に観察するだけでなく,ユーザーに日記を書いてもらったり,具体的なモノを作ってもらったりすることもある。

デザイン会社の米SonicRim社は,「ペルクロ・モデル」と呼ぶ手法を使っている。

さまざまな大きさの箱やポタンに面ファスナー(ペルクロ)を取り付けて,互いに張り付けられるようにしたものを,想定ユーザーに渡す。

それらを機器の筐体やボタン,画面などに見立てて,「理想の携帯電話機では,どこに消音ポタンがあるべきか」やl画面の大きさはどれくらいでどこにあった方がいいか」といった質問に対し,箱やポタンを組み合わせて具体的にモノを作ってもらう。

この手法の目的は,「ユーザーにデザインの案を聞くことではなく,ユーザーがどこに問題を抱えているのかを探ること」(同社Vice PresidentのPreetham Kolari氏)。

多くのユーザーの案を見ていくと,彼らが既存の機器の何を問題視しているのかが浮かび上がるという。

製品の試作機を現場で使ってもらって改善点を探ることも多い。

山武は,家庭に置いて使う健康関連の情報端末のモニター調査を2007年春に実施した。

将来のサービスを設計する上で基礎データを収集する狙いである。

調査では,毎日健康関連の情報を送ったり,クイズに答えてもらったりした。

定期的に看護師がユーザーに電話をかけるサービスと組み合わせており,電話でユーザーのクイズの答えに言及するなどして,端末の利用が人とのコミュニケーションの一環であるように位置付けた。

実際ユーザーの中には,端末を「まるで孫ができたよう」と表現したり,メッセージが届いたとき

端末にランプがつくと,呼ばれている気になったりする人がいたという。

民族誌学の調査では,ユーザーにインタビューすることがよくある(図5)。

具体的な機器の使い方を聞くほか,ユーザーが持っているものなどにまつわるエピソードを聞いたりする。

インタビューでは,ユーザーの言うことをうのみにしない方がいいという意見は多い。

「ユーザーの声をそのまま信じるのではなく,観察の一つと考えた方がいい」(千葉工業大学工学部デザイン科学科教授の山崎和彦氏)。

7.調査員には訓練が必要

観察を担当するのは,民族誌学を専門にする学者に限らない。

訓練を積めば多くの人ができる。

例えば,Portigal Consulting社のPortigal氏は,独学で勉強したり,民族誌学の研究者の実習生になったりして,自分の技能を磨いた。

同氏によれば,重要な点は自分の先入観や知識,意見などをできるだけ抑え、ユーザーの行動や意見を素直に受け容れることという。

「こうした姿勢は人間にとって不自然なので,訓練が必要」(Portigal氏)。

民族誌学の調査には,ユーザーの行動の,どこが本質的かに気付く感覚も重要だ。

病院向けの機器を開発するために,看護師の行動を調査しているオムロンヘルスケアは,その中で看

護師が患者との会話を特に重視していると気付いたという。

開発する機器で単に仕事の効率を上げるのでなく,

「効率を上げつつ会話かできるようにすべきという視点が出てきた。

こういうことに気付くかどうかが重要」(オムロンヘルスケアの小池氏)。

8.観察から意味を抽出する

民族誌学の調査では、開発結果は膨大な量のデータになる。

その中から、ユーザーが抱える問題点や隠れた要望を見つけ出すには,多くの事例から共通するパターンや,相互の関係を見つけ出さなければならない。

「調査結果は,2日かけて調査の依頼主に説明する。

まず,観察結果を書いた紙などの材料を,部屋の壁一面に張る。

1日目は,この中からパターンを見つけ,2日目はそれを基に解決策をデザインする」(SonicRim社のKolari氏)。

パターンを探すには,KJ法のようにして似た事例をグループ化し,さらにその間の関係を調べるといった手法が使われるようだ(図6)。

「ユーザーが製品を使っている様子を撮影したビデオから、問題点に対応している部分の画像をキャプチャし,KJ法に似た方法で分類した。

その結果、問題点を,知識がないこと,身体的な問題,といったいくつかのグループに分けた」(オムロンヘルスケアの小池氏)。

調査結果を,もっと開発に直結した形で表すこともある。

インフィールドデザインでは,例えばカーナビの調査の結果として

「出掛けたくなるカーナビ」といったコンセプトを提案したりする。

現在のカーナビは,あくまでツールであって,ユーザーに近い存在ではない。

もっと、持っていてうれしいという気持ちになるモノができないかと考えた」(同社の佐々木氏)。

民族誌学の定性的な結果を,開発側に的確に伝えることは難しい。

この壁を越える手段の一つが、ユーザーの行動を表す物語や、新たな製品のシナリオ,ユーザー像を具体的に表す「ペルソナ」などを作ること。

物語には,民族誌の調査が指摘する課題を伝えて、具体的な行動につなげる力があると信じている。

物語は人々の興味を引いて,世界を異なる観点で見られるようにする」(IDEO社,chief creative officerのJane Fulton Suri氏)。

ベルソナは,製品の対象ユーザーの属性や背景の情報を事細かに定めたものである。

製品の開発にユーザーの視点を導入するために使う。

具体的なユーザー像を想定することで、製品の仕様などを決めるときに,そのユーザーならどう思うかといった観点で考えやすくなる。

通常は開発者が議論して決めることが少なくないが,民族誌学の調査結果を反映することで、より現実的なペルソナができる(図7)。

頭で考えるだけだと,現実のユーザーと乖離することがよくある。

「ダメなユーザー像の典型が,『デザインか好きな20代男性』といったもの。

我々が調査したところ,『いいデザイン』の意味は少なくとも四つある。

多くの人が好きなもの、多くの人が好きじやないもの,マスコミに出ているもの,自分にしっかりした好みかある場合といった具合だ」(干葉工業大学の山崎氏)。

【参考文献】

[1] Lange, P., G. et al., “Searching for the ‘You’ in ‘YouTube’: An Analysis of Online Response Ability,” Conference Proceedings, pp.36-50, EPIC 2007, Oct. 2007.

[2] Lam, S., K. et al., “The Social Web: Global Village or Private Cliques?,” Proceedings of the 2007 Conference on Designing for User Experience (DUX 2007), Nov. 2007.

【参考コラム】 Intel社が「時間」を研究する

Intel社のDigital Home Groupは,民族誌学の手法を利用して,将来の戦略を練るための基礎的な調査を実施している。

例えば,電子マネーの将来を見通すために,文化による金銭のとらえ方の違いを調べたりしている。

調査の一つに,コンピュータ技術がユーザーの時間に対する感覚をどのように変えたのかを研究するものがある。

研究の狙いを示すキャッチフレーズは,

「20世紀の第4四半期(1975~2000年)に,Intel社は世界を加速した。

これからも誰もがそれを望んでいるのか」。

これを,文化の違いによる時間の感覚の相違とともに調べている。

例えば中国では「忙しいですか」はあいさつの言葉で,「とても忙しいです」と答えると,人生に満足しているといった意味になる。

一方米国では,自分が忙しいと表現することは,自分の社会的身分が高いことを示唆する。

このような地域差が浮き彫りになったという。

このほか,日本の「引きこもり」現象を世の中一般の時間の進み方に対する反発と見なし,引きこもりの生活に向けた道具をデザインしている(図A-1)。

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