dhbr0809074.html

グーグル:革新し続ける組織

(高成長の秘密を解剖する)

DHBRの記事を素材にした「示唆・学び」の共創・創発の場

高成長の秘密を解剖する

グーグル:革新し続ける組織

Reverse Engineering : Google's Innovation Machine

バブソン・カレッジ准教授 バラ・アイヤー Bala Iyer

バブソン・カレッジ教授 トーマス H.ダベンポート Thomas H. Davenport

Bala Iyer

マサチューセッツ州ウェルズリーにあるバプソン・カレッジの准教授。技術経営や情報マネ

ジメントが専門。

Thomas H, Davenport

バブソン・カレッジの学長特別講座教授。ITマネジメントが専門。最新著はJeanne Harris との共著によるCompeting on Analytics: The New Science of Winning, Harvard Business School Press, 2007。

奇跡的な成長を遂げてきたグーグルの強みは、

その検索技術やITインフラによって説明されることが多いが、

これら以外にも、ビジネス生態系を設計する思想

間断なく繰り返される実験分析的な意思決定プロセス

外部や顧客を巻き込んだイノベーション開発

イノベーションと失敗を奨励する経営陣遠大だが野心的な大志

市場変化を占う社内予測市場デジタルな社員提案制度

事実とデータに基づくアイデア評価法など、学ぶべきことは山ほどあり、

知識労働者の生産性向上とイノベーションの必要に迫られている企業にすれば

まさしくベスト・ブラクティスの宝庫といえる。

1. グーグルのイノベーション能力は模倣可能か

そうそうたるインターネット企業のなかでも、見事な業績と革新性を兼ね備えたグーグルは異彩を放つ存在である。

これはどの大成功を、これほどのスピードで成し遂げた企業は、マイクロソフト以来だろう。

グーグルは、ITやビジネス・アーキテクチャー(システム全体の設計思想)、実験、アドリブ、分析的意思決定、参加型製品開発など、あまり一般的ではないイノベーション手法に秀でた企業である。

また、みずからカオスであると認める発想プロセスと、データに基づく的確なアイデア評価法をうまく両立させている。

また、選りすぐりの技術者たちを魅了する企業文化のおかげで、社員が急増したいまも、その求人倍率はあらゆる職種で100倍を超える。

これまでグーグルは、そのコア技術である検索サービスの強化に努め、多彩な新サービスの開発や買収を推し進めてきた。

成長性、収益性、時価総額のいずれを見ても、グーグルに太刀打ちできるインターネット企業はない。

この順風満帆の状態が永遠に続くとは思えないが、これまでグーグルが歩んできた道程が正しかったことは明らかだろう。

グーグルは、事業や経営におけるイノベーション・マネジメントに、新たな創造主として、また旗振り役となって、新風を吹き込んできた。

グーグルの活動は、ITインフラに基礎を置いているものが多く、それはもはや語り草になっている。

しかしグーグルでは、技術と戦略が表裏一体で、密接に絡み合っている,そのため、技術が戦略を決定づけているのか、その逆なのか、どちらとも言いがたい。

いずれにしても、IT業界の権威たちが何十年も前から唱えてきた夢物語のようなビジョンを、グーグルはまさしく体現しているようだ。

そのビジョンとは、ITはビジネスを支えるだけでなく、戦略的チャンスをもたらすものであり、この目的を念頭に置いてITの全体設計を図るべきであるというものだ。

こうしてみると、グーグルはゼネラル・エレクトリックやIBMの後継者として、インターネット時代の企業経営の手本となる存在といえそうだ。

我々は「グーグルプレックス」と呼ばれるグーグル本社で、長時間にわたって取材したわけではなく、大きな声では言えないが、その社員食堂でおいしいタダ飯をせしめたこともたった一度だけである。

本稿執筆者の一人は、グーグルプレックスの中庭で出会ったサーゲイ・プリンに衝動的に質問しようとしたが、一目散に逃げ出されたうえに、危うく警備員を呼ばれるところだった。

しかし幸いなことに、グーグルはとても開放的な組織で、たとえば、同社のウェブサイト経由でアクセスできる公式・非公式のブログが山ほどある。

したがって、グーグルがイノベーションに臨む姿勢について、数え切れないほどの手がかりは部外者でも人手できる。

我々はこのような手がかりを、いみじくもグーグルの検索を通じて見つけることが多かった。

こうして、長年にわたりグーグル成功の秘密を観察した結果に基づき、我々は他社に応用しても役に立ちそうな、イノベーションのカギとなる企業行動を洗い出した。

とはいえそのなかには、真似しようにも難しく、大変にコストがかさむものがある。

たとえば、業界に比類のない検索エンジンと、拡張性に富む巨大なITインフラだ。

しかし、さまざまな業界の企業にそっくり当てはめることが可能で、効果の望めそうなものもある。

それは、明らかにイノベーション志向に設計された技術である。

これは、考えに考え抜かれた組織戦略と企業文化戦略と切っても切れない関係にある。

2. 「戦略的忍耐」の産物

「世界中の情報を組織化し、世界中の人々がアクセスできる有益なものにする」。

グーグルが掲げるこのミッションはとても遠大で、しかも帝国主義的ですらある。

しかし、グーグルは明らかに本気だ。

その中核をなす検索エンジンと広告の機能に加えて、すでにインターネットを活用した生産性向上ツール、ブログ、テレビCMやラジオ広告、オンライン決済、ソーシャル・ネットワーキング、携帯電話用OSなど、さまざまな情報開運の領域で新規事業に乗り出している。

グーグルが、自社開発ではなく、買収によって取得した情報管理ツールを挙げてみよう。

画像管理の〈ピカサ〉、インターネット動画の〈ユーチューブ〉、ウェブ広告の〈ダブルクリック〉、衛星写真の〈キーホール〉(現〈グーグル・アース〉)、ウェブのアクセス解析の〈アーチン〉(現〈グーグル・アナリティックス〉)といった具合である。

またグーグルは、情報の世界だけでなく、電気の世界も征服せんと狙っている。

2007年11月、低コストのグリーン発電に取り組むという、野心的なプロジェクトを発表している。

これら新規事業のうち、現時点で採算が取れているものはほとんどないが、どれもグーグルの野心あふれる戦略の一角を占めるものばかりである。

そして、最終目標を目指して邁進するグーグルの意志や能力に、疑いを差し挟む者はまずいない。

グーグルは情報の無秩序状態を一つひとつ解消するため、ほぼ毎日のように新たなサービスや機能を発表している会社なのである。

このように将来を見すえたミッションを抱くグーグルは、他の企業ほど、新規サービスの短期的な収益性を重視していないようだ。

グーグルの経営者たちは、言わば「戦略的忍耐」を身につけている。

会長兼CEOのエリック・シュミットは、「世界中の情報を組織化する」というミッションの実現には300年かかると推定している。

この見通しに従えば、1200回の四半期を得なければならない。

これを一笑に付す向きもあろう。

とはいえ、グーグルが価値創造と能力構築に、長期的な姿勢で臨んでいることをまさしく物語っている。

世にあるあまたの企業とは異なり、グーグルには、その遠大なミッションとイノベーションの集積を支える資金力がある。

これは、ひとえに検索エンジンを基盤とする広告サービスが、たくさんの不採算サービスの穴を補って余りある破格の収益事業であるからにほかならない。

たしかに、グーグルは顧客数を増やすことにこだわっている。

しかし、このビジネスモデルと資金力があれば、やがて勝手に回り出すと経営陣は見ている。

シュミットは2007年、ベア・スターンズが主催した会議の席上、この点について次のように語っている。

「あまねく普及させることが第一で、売上げは二の次です。(中略)

継続性のあるウェブ事業を構築できれば、必ずやそこから利益を生む妙案が見つか

ります」

別の言い方をすれば、何もかもが300年もかかるわけではない。

「世界中の情報を組織化する」ことがグーグルの公式ミッションだとすれば、もう一つ、あまり脚光を浴びないが、これと同じくらい重要な暗黙の経済的ミッションがある。

それは、検索などネット上の行動から明らかになる消費者の本音を、みずからの利益に結びつけることである。

検索エンジンを基盤とする広告サービスは、このミッションの最初の華々しい成功例だ。

グーグルの戦略的忍耐が成果を収めているのは、企業目標が明確で、細やかな配慮があるからだ。

グーグルが手がけるものは、すべて事業範囲の拡大に一役買っている。

社内には、ユーザーの事前分析を通じて、情報を組織化するという行動原理がすっかり染みついている。

そして、その原理に基づき、さまざまな情報が急速に広まり、社内のあちこちに根を降ろし、また広がっていく。

グーグルに学ぶならば、まず我々がこれから説明する巨大なインフラと雑然と見える組織の下に、単純明快な行動原理が存在していることを理解しなければならない。

3. グーグル・インフラの3つの独自性

グーグルはこれまでに何十億ドルもの資金を投入し、インターネット上にオペレーティング・プラットフォームを構築すると共に、独白技術の開発を進めてきた。

グーグルがその看板どおりのサービス水準と、一秒を切る反応速度をユーザーに保証できるのは、こうしたインフラ投資の賜物である。

自社やパートナーが考案した新サービスを速やかに開発し公開できるのも、このインフラのおかげである。

また、グーグルはその独自技術を通じて、これまでに例がないくらい思いのままに、インフラを設計し展開できる。

その結果、戦略が創発してくる。

同社のインフラの主要な特徴は、次のようなものである。

3.1 拡張性

当然のことながら、インターネットはあらゆる企業が利用できる。

ところが、グーグルは多額の資金を投じて、よりいっそう高度に利用できるようにすると同時に、新しいサービスのための独自のプラットフォームをインターネット上に築いている。

公式発表ではないが広く報じられているところでは、グーグルには、およそ100万台のコンピュータをつないだネットワーク・インフラがある。

そして、ここにコンピュータを接続すれば、世界中どこからでもそれを認識し、そのコンピュータをすぐさま利用可能にするOSがネットワーク上で稼働している。

こんな手品のできるOSは、ソース・プログラムが公開されている〈リナックス〉をベースに開発されたものだ。

ちなみに、〈リナックス〉そのものが、サード・パーティが競争的な機能を簡単に付加できるように設計されている。

グーグルのインフラのもう一つの特徴は、拡張していくことを前提にインターネット用プラットフォームを構築している点である。

たとえば、データ・センターを増設する必要が生じても、独自のOSのおかげで簡単に追加できる。

また、ユーザーの要望の変化に対応し、世界中どこにでもデータを移動できる。

グーグルが蓄積するペタバイト級(1ペタは1000兆)のデータを管理するには、特別のデータベース管理ツールが必要になる。

既存の商用システムでは、これほど膨大なデータを効率的に処理できるようなものはないからだ。

そのため、グーグルには「ビッグテーブル」という名の独自開発したデータベースがある。

これは、増殖し続けるデータを、グーグルのOS上で迅速かつ効率的に処理するための仕組みである。

3.2 製品開発サイクルの加速

グーグルのインフラは、製品開発サイクル全体を迅速かつ効率的に回すのに適している。

グーグルの技術者たちは、自社のプラットフオーム上で新しいアプリケーションの試作品をつくる。

そのなかにユーザーの関心を引くものがあれば、開発者はベータ版(社外テスト)を導入して、グーグルが囲い込んだ大量の顧客ベースが熱い反応を返すかどうかを確かめる。

グーグルには、「クラウド」(雲)と呼ばれる膨大な分散処理能力を備えたコンピュータ・ネットワークがあり、このおかげで特定のアプリケーションにアクセスが集中しても、問題なく対処できる。

新サービスがアルファ版(社内テスト)からベータ版に移行する過程で、グーグルは自社のユーザー・コミュニティを対象に、テストとマーケティングを同時にこなす。

事実、テストなのか、マーケティングなのか、ほとんど判別がつかない。

こうしたやり方は、消費者との関係を独特のものにする。

つまり、新しいサービスの目鼻が整い、利用者が増えるにつれて、消費者は言わば開発チームの一員になっていく。

グーグルは、単にアプリケーションのアルファ・テストやベータ・テストを実施するのではない。

また、このようなテストを、自社のインフラ上で動かすことができる。

さらに、新サービスのテストに参加した顧客は、商用サービスとして利用できる段階へとスムーズに移行していく。

3.3 サード・パーティを巻き込んだ開発とマッシュアップのサポート

グーグルはインターネットに代わる、さらに効率的で信頼性が高い独自のインフラを構築することで、ユーザー経験の改善とサービス品質の向上を図っている。

グーグルがその一部始終を管理下に置きながら、〈Gメール〉〈グーグル・マップ〉〈グーグル・アドワーズ〉(検索連動型広告表示ツール)、〈グーグル・アドセンス〉(ウェブ広告配信ツール)などのサービスを強化できるのは、このように明確な目的意識を持ってハードウエアやOS、あるいはデータベース管理に投資したからである。

新サービスを開発するに当たり、グーグルは自社インフラとの整合性に気を配る。

〈グーグル・マップ〉が顧客サービスの一環として設計されたのも、このような配慮による。

その結果、自社の技術者でも、サード・パーティの技術者でも、サービスを充実させる追加モジュールとして〈グーグル・マップ〉を利用できるようになった。

事実、このようにグーグルのインフラは柔軟性に富んでおり、イノベーション活動のハブとしての役割を果たしている。

つまり、サード・パーティも一緒にそこにアクセスし、グーグルの機能の一部を組み込んだ新サービスを開発できるのだ。

グーグルの世界ではこのように、部外者も簡単に新サービスをテスト的に立ち上げ、稼働させることができる。

そこでは、世界中に広がる1億3200万人の顧客が、膨大なターゲット・オーディエンス(対象となる利用者)となる。

しかも、これら顧客とのやり取りを処理する能力は事実上、無限大だ。

これは、両者にとって好都合なことである。

グーグルにすれば、自社サービスを広く普及できる。

またパートナー企業にすれば、自社の顧客が重視するサービス機能の開発に全力を傾けられる。

たとえば、不動産情報サイトのジロー・ドットコムであれば、過去にわたって不動産取引のデータを集めることに専念し、地図や両面表示のような要素については、グーグルやマイクロソフトに委ねればよい。

グーグルのインフラ上で活動するサード・パーティは、まさにこの「マッシュアップ」と呼ばれる方法で、サービスを開発している。

つまり、複数の外部情報源から、さまざまなデータとプログラム機能を集めて、それを一つのユーザー経験として統合するアプローチである。

たとえば、不動産情報サイトのハウジングマップス・ドットコムは、賃貸マンションや売り家の物件情報をクレイグスリストのデータベースから読み込み、〈グーグル・マップ〉と統合し、周辺地域の地図上にプロットしてユーザーに提供している。

このような発想、つまり企業の壁を超えて便利な新サービスを比較的簡単にミックスし、結合できるようにするという発想は、競争環境や組織効率において意味深長である。

このおかげで、お手軽なイノベーションを、「ちょっと、やってみようか」と気楽に試す層

を生み出した。

こうしたことは、ウェブ用開発言語XMLと、企業間データ取引の業界標準である〈ロゼッタネット〉によって技術的に可能になったことだ。

これらのおかげで、長年にわたりITユーザーが待ち望んでいた水準で、システム間の相互運用を図れるようになった。

このモデルには、いくつか魅力的な点がある。

まず、このような相互作用のおかげでたえずフィードバックが得られるため、グーグルのサービス内容の改善や、機能の追加にきわめて効果的である。

しかも、入力される検索条件を通じて顧客の興味を解明し、広告メッセージをそれにふさわしい顧客の両面に表示するオペレーティング・プラットフオームのおかげで、広告効果が高まる。

以上のように、グーグル、サード・パーティの開発者、ユーザー、広告主の活発な相互作用が好循環を生み出し、だれもがその恩恵にもれなく浴する。

とりわけ、グーグルが受けるメリットは大きい

図表1「イノベーションを生むグーグル生態系」を参照)。

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【図表1 イノベーションを生むグーグル生態系】の中のキーワード集

The Google Platform

グーグルのプラットフォーム

Content Providers

コンテンツ・プロバイダー

メディア企業と個人が

●情報を創出する。

●消費者の興味を喚起し、コミュニティを育成する。

●ターゲット広告の掲載手段を提供する。

Consumers

消費者

1日につき1億3200万人の純訪問者(ユニーク・ビジター)(2007年11月現在)が

●情報を検索し、自身の興味を明らかにする。

●ターゲット広告を見る。

●イノベーションの魅力を確認し、性能評価やマーケティング・テストに参加する。

●改善に向けて提案する。

●新サービスの有料ユーザーになる。

Advertisers

広告主

100万を超える企業と個人が

●検索を通じて特定されたユーザーにふさわしい内容の広告を提供する。

●グーグルを支える巨額の収入源となる。

●イノベーターが手がける新サービスが利益を生み出すのを支援する。

Innovators

イノベーター

マッシュアップの開発者、独立系ソフトウエア・ベンダー、グーグルの技術者、オープン・ソースのコミュニティが

●集まって、多彩な製品開発ネットワークを形成する。

●消費者を夢中にし、グーグルが「スティッキー」なサイト(訪問者の滞在時間や訪問頻度が抜きん出たサイト)であり続けるのに役立つ新サービスを開発する。

●自身とグーグルの双方に売上げをもたらす。

●グーグルのツールと技術の価値を高める。

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グーグルのインフラ投資に、規模で対抗できる企業はほとんどない。

しかし、グーグルと同じように、きわめて迅速にイノベーションを商品化・サービス化するという目的意識を待って設計するならば、実現できる企業はたくさんある。

たとえば、〈グーグル・ファイナンス〉を世に出したインドのバンガロールの技術考たちは、グーグルのインフラのなかに眠っていた既存のコンポーネントを拾い集めて組み合わせ、新しいサービスを生み出した。

このモデルに倣えば、使い回しできるかたちでソフトウエアのコンポーネントを作成し、それを統合してインフラを構築し、社内に開放することが考えられる。

さらにインフラを開放する対象を、コンボーネントを利用した独自のアプリケーションの開発と提供に興味を抱きそうなパートナー企業群にまで広げてもよい。

4. グーグル生態系の仕組み

グーグルは、いま述べたような生態系の「キーストーン」の役割を担っている。

キーストーンとは、マルコ・イアンシティとロイ・レビーンがその著書『キーストーン戦略』(注1)で紹介しているように、生態系のまとめ役を果たす種のことである。

グーグルは、生態系のオーナーとオペレーターの二役を果たしており、生態系の進化を支配すると共に、そのなかで創出される価値について、一人だけ突出した配分を要求

できる。

あらゆるサービスが、グーグルのプラットフォーム上で取引される。

したがってグーグルは、そこから派生する情報を常時100%把握できるだけでなく、使い放題であり、また生まれたばかりの事業が生み出す売上げの源にもなっている。

生態系の状況を知るための市場調査や統計分析を、グーグルは必要としない。

すでにそのデータベースに蓄積されているからだ。

グーグルのプラットフォームの規模と検索技術の優位性は強力な武器であり、そう簡単に真似のできるようなものではない。

とはいえ、イノベーションを触発することを意図したモデルを構築するということであれば、模倣可能だろう。

つまり、自社の価値創造システムに参加しているパートナーたちとのインクラクションを円滑化するためにプラットフォームを構築することで、パートナー間の取引のハブ(中心)になることは、グーグルでなくとも実現可能といえる。

1906年、中国の広州で創業された利豊(リー・アンド・フン)はアパレル業界において、これをまさしく実践した企業である。

同社は、自分たちがハブの役割を果たしていることを理解すると、早々に卸事業から手を引き、みずから旗振り役となり、上流から下流までサプライチェーン全体を高度にカスタマイズした。

利豊は現在、原材料の調達から、衣類の生産、そしてサプライチェーン・ロジスティックスの管理に至るまで、完成品を顧客に届けるまでの意思決定すべてに関与している。

利豊のグローバル・プラットフォームは、何千社ものパートナー企業が瞬時に対話し、協調して行動するための標準を提供している。

法人向けソフトでは、セールスフォース・ドットコムが〈アップエクスチェンジ〉という自社プラットフォームを使い、アプリケーション開発者、独立系ソフトウエア・ベンダー、そしてエンド・ユーザーで構成される生態系を生み出した。

このプラットフォーム上でアプリケーションを動かしたり、統合したりできるうえ、エンド・ユーザーが必要とするデータベースやデータ・センターも提供されている。

セールスフォース・ドットコムは、アプリケーションに関して生じる活動すべてのハブになることで、自社サービスの契約者を増やすことができる。

一方、開発者には〈アップエクスチェンジ〉と顧客へのアクセスが確保できるというメリットがある。

5. アーキテクチャーの支配が生態系戦略のカギ

適切な条件がそろえば、アーキテクチャーヘの支配力を手に入れ、その力を行使できる。

すでに述べたように、グーグルはマッシュアップによる各種サービスの動向を継続的に評価できることを実証している。

これは、同社のインフラのパワーをまさしく証明するものといえよう。

しかし、これほどのインフラがなくとも、自社の生態系を支配し続けることは可能だ。

生態系戦略において、強い立場で他者と交渉できるという関係性が欠かせない。

特に、インターネットを基盤とするオペレーティング・プラットフオームを利用する場合では、なおさらである。

アマゾン・ドットコムを例に考えてみよう。

同社は、サード・パーティのブランド化されたサービスにアマゾンの機能をバンドルすることを認めている。

その際におけるアマゾンのメリットは、ウェブ利用者の行動履歴を追跡し。各種サービスの動向を厳しく監視できることだ。

たとえばアマゾンは、サード・パーティが関発した〈アマゾン・ライト4.0〉(AL4)に、自社の書籍データベースに別のユーザー・インターフェースを貼りつけることを認めている。

しかもこのAL4は、一つのサービスのなかに、ヤフーから取り込んだニュースやグーグルのブログ、デリシャスから取り込んだブックマーク、イーベイでの検索も抱き合わせている。

ユーザーが本の購入を決めると、AL4はその注文情報をアマゾンに送る。

AL4には当初、ネットフリックスやiチューンズ・ストアヘのリンクも張られていた。

しかしAL4において、アマゾンが提供するサービスが集客と売上げに大きく貢献したことから、アマゾンはその影響力を行使して、この生態系からこれらのライバルを排除することに成功した。

このような提携は、売上げが見込めるならば、いっそう拍車がかかる。

とはいえ、イノベーションの初期段階では、実際に売れるかどうかは水物である。

たとえば、あるアプリケーションが顧客の役に立つのかどうかは、開発に当たるサード・パーティにもグーグルにもわからない。

このような不確実性がある以上、サード・パーティは契約や手数料交渉を後回しにして、まずはアプリケーションを導入し、テストを実施したいと望むだろう。

そうすれば、これを導入してくれそうなユーザー数が一定数を超え、失敗のリスクが減少する時点まで、こじれかねない複雑な交渉を先延ばしできるからだ。

顧客にすれば、さまざまなイノベーションをいち早く利用できるというメリットがある。

グーグルにとっても、ユーザーのための選択肢が増え、プラットフオームの利用頻度を高めてくれるため、より好都合といえる。

そして、手数料など条件をめぐってグーグルと交渉できるだけの価値があるアプリケーションが誕生すれば、サード・パーティにとっても損はない。

しかし、アーキテクチャーに関する支配力を最終的に握っているのは、グーグルである。

何しろ、あらゆるサービスについて、その存在価値を継続的に評価し、採否を決定する力を持ち、しかもサービスの機能面における価値の重要な担い手でもある。

しかし、支配力や野望というものは、周囲にひけらかすものではない。

生態系を志向する革新的な企業は、「万人の役に立つ」と主張することで、敵と見なされないように努める。

たとえばグーグルの経営陣は、自社がメディア企業やコンテンツ・プロバイダーと競合しないことを、事あるごとに世間に訴えている。

むしろ彼らにすれば、メディア企業はパートナーという認識である。

しかし、だれもがそう信じているわけではない。

大手広告代理店のWPPグループのCEOを務めるマーティン・ソレル卿は、2006年度のアニュアル・リポートのなかで、グーグルは敵なのか味方なのか、はっきりしないと述べている。

グーグルの行動を見ると、インターネット広告という領域をはるかに超越した大志を抱いているようだ。

グーグルは広告枠購入用のアプリケーションをそのプラットフォームに載せ、メディア企業が広告効果を継続的に評価したり、広告主が広告宣伝費を、新聞や雑誌、テレビやラジオ、携帯機器、ウェブサイトに効果的に振り分けたりするのに役立ててほしいと主張する。

生態県内のパートナーが抱える問題を解決する過程で、さまざまなメディアについて学習し、いまは否定しているが、グーグルがメディア企業のライバルになる可能性は十分ある。

もちろん、このモデルにも弱みはある。

インフラを提供する立場のグーグルは、大勢のユーザーを競合他社の誘惑から守るため、たえず自社の価値を認めさせなければならない。

さもなければ、ユーザーが大挙して逃げ出し、はては引く手あまたの広告主を道連れにしかねない。

同じように、顧客情報が流出してしまったり、顧客の信頼に背いたり、プラットフオームが長時間にわたって停止したりといったミスを犯せば、職務怠慢として、これもまた顧客が大量に離反するきっかけとなろう。

イノベーションと継続的改善は、このような事態を未然に防止する戦略にほかならない。

幸いグーグルでは、技術やインフラよりも、イノベーションが重視されている。

そして、そのカギを握っているのはグーグルの企業文化である。

6. イノベーションを組織設計に組み込む

グーグルに見習うならば、グーグルの組織設計にも目を向けるべきだ。

取り入れるべきところがたくさんある。

なかでも重要なものを見ていこう。

6.1 イノベーション活動を職務記述書に盛り込む

グーグルがイノベーションに成功している理由の1つとして、他社ではあまり見られないが、社員の勤務時間にイノベーション活動を組み込んでいることが挙げられる。

グーグルで新たなアイデアがボトム・アップで生まれているのは、あらかじめそのための時間配分を認めているからだ。

たとえば技術系の社員の場合、勤務時間の80%をコア事業の検索と広告のために使い、20%を自分が選んだ技術プロジェクトに使うように求められる。

グーグルに入社したばかりの技術者が自分のブログで、この制度について次のように書いている。

「空き時間に何かをするといった話ではなく、むしろ、その時間を捻出するのです。

う~ん、まだ適当な20%プロジェクトが決まらないので、何とかしないと----。

いい案が浮かばなければ、間違いなく人事考課に響きますからね」

管理職もまた、勤務時間の一部をイノベーションに充てる義務がある。

つまり、70%をコア事業に、20%をそれに関連するプロジェクトに、そして10%をまったくの新事業や新サービスに振り向けなければならない。

グーグルは最近、新しい役職を創設した。

これは「その他担当ディレクター」(Director of Other)と呼ばれるもので、義務づけられた10%の時間の管理を支援する役職である。

なお、技術系でも管理職でもない社員には、自由裁量で使える時間は与えられていない。

我々が思うに、これは残念な見落としである。

ここで挙げた時間配分、とりわけ技術者の20%ルールは厳密に管理されている。

ただしこれも、必ずしも1週間単位、さらには1ヶ月単位で守る必要はない。

たとえば、コア事業に半年従事し、その後の2ヶ月間、自分が選んだプロジェクトに充当してもかまわない。

CEOのエリック・シュミットや共同創設者のサーゲイ・プリンとラリー・ペイジまでもが、みずからこの制度に努めて従っている。

こうした経営戦略にも支えられて、このようなイノベーション活動に時間を割くことで、新サービスや新機能が間断なく生み出されてきた。

検索サービスとユーザー経験に関する責任者を務めるマリッサ・メイヤーがスタンフォード大学で語ったところでは、ある半年間を見たところ、技術者の時間の20%から誕生した新サービスが50件を超えていたという。

これは、同じ期間中に新たに開発されたサービスや機能全体の半数に相当し、そこには〈Gメール〉〈グーグル・アドセンス〉〈グーグル・ニュース〉も含まれる。

6.2 不具合を適宜解消する

アイデアは選考プロセスで承認されて、初めて正式プロジェクトになる。

それから試作品をつくって試験的に運用し、統制された条件の下、実際のユーザーを対象に実験し、テストする。

このように書いたからといって、グーグルの開発プロセスが遅くて、官僚的であると思ったら大間違いだ。

別の技術者が自分のブログのなかで次のように書いているとおり、それでもなおグーグルでは、迅速かつ効率的に改良や改革が行われる。

「グーグルに入社した月に、〈Gメール〉についてのささいな不満点を2つ、〈Gメール〉担当チームで働く友人に言ってやった。

てっきりバグを集めたデータベースに書き込めと言われるものと思っていた。

ところが、その友人は私に『自分で直せ』と言い、私のワークステーション上に〈Gメール〉の開発環境を呼び出す方法を書いた文書を見せてくれた。

その翌日、私が書いたコードを〈Gメール〉担当のエンジニアに精査してもらったうえで、これを提案した。

一週間経っても、私のした変更はまだ生きていた。

驚いたのは、こうして部門横断的に働ける自由があり、担当外のプロジェクトに自分のプログラムをチェック・イン(プログラムヘの登録)できることだ。

それに、技術者の善意の行動への信頼、そしてユーザーの問題を解決する熱意とスピード。

(中略)この作業について、だれの承認も受ける必要はなかった」

グーグルのイノベーションヘの取り組みは、きわめて瞬発的だ。

新たなサービスや機能を生み出すチャンスは、グーグルの技術者全員にある。

一人ひとりがここに貢献できるおかげで、グーグルは世界有数のコンピュータ科学者や統計学者、経済学盾といった優れた人材を引きつけるだけでなく、新しいアイデアやサービスを大量に生み出せる。

『ニューヨーク・タイムズ』紙の記事では、マイクロソフトが支配する業務用アプリケーションの世界で、グーグルが明らかに攻勢に出ている状況が取り上げられた。

この記事のなかで、マイクロソフトからグーグルに移籍した技術者のピック・グンドトラが、次のように転職の理由を語っている。

「自分が最も貢献できる場所は、グーグルだと気づいたのです。

ソフトウエアのことばかり考えている私のような人間にとって、製品を数週間単位で世に送り出せることには抗いがたい魅力があります」

グーグルは、不要なプロセスをそぎ落とす一方で、価値と品質、使いやすさにとって重要なチェック・アンド・バランスを守り続けており、しかもこれらを巧みに両立させているようだ。

6.3 市場の選択に委ねる

グーグルにはそもそも、新しいサービスや機能をどのように組み合わせるのかといった全体構想がない。

その代わり、グーグル経営陣は次の二つの前提を置いている。

一つは、イノベーションの成否を判断するのはユーザーであること、もう一つは、成功したサービスが複数あり、それぞれ他のサービスをテコにして拡張あるいは衰退すれば、おのずと企業戦略が見えてくるというものである。

要するにグーグルは、サービス戦略を「クラウド・ソーシング」(注3)してきたのである。

このやり方で重要なのは、どれが唯一完全なサービスなのかを突き止めることではなく、むしろ、可能性を秘めたサービスをいくつか開発し、そのうち最高のものを市場に選ばせることである。

グーグルのユーザーは1億3200万人超であり、そのごく一部でも、新サービスの可能性を評価する実験台やフォーカス・グループとして十分な規模である。

グーグルには、「普及を優先、売上げは二の次」と「機能性を優先、使いやすさは二の次」という設計理念がある。

自力での普及が無理ならば、全で買うまでだ。

すでにウェブ界で一大勢力を築いていた〈ユーチューブ〉と〈ダブルクリック〉を莫大な金額で買収したのはその典型例である。

6.4 失敗やカオスから価値を引き出す

グーグルはいま、検索エンジンと広告に続く、事業の第三の柱を探し求めている。

新サービスをたくさん市場に投入し、そのなかから大ヒットが出てくるのを待つというのがグーグル流である。

現在、グーグルがサポートしているサービスがいくつあるのか、確かな数字はわからない。

実際、シュミットは、あるインタビューのなかで「グーグルが世に出しているサービスの数は自分にもわからない」、また別の機会でも、これだけの数の新サービスがあると「たいがいの人が混乱する」と認めている。

ちなみに、2008年2月時点で、ウィキペディアで取り上げられているサービスは123個ある。

プロクター・アンド・ギャンブルの経営陣ならば、100個を超える新製品にも動じたりはしないだろう。

しかし、創業10年足らずの企業にすれば、恐ろしいほどのスピードの技術革新である。

ユーザーたちがグーグルのサービスを見つけ出すのに、皮肉にもグーグルの検索エンジンを使わざるをえなくなるかもしれない。

プリンはこのような事態を危惧して、個々のサービスを多機能化することで、市場に役人するサービスの数を減らしていく意向を示している。

百花繚乱の戦略を選択している以上、たくさんのサービスが失敗する運命にある。

しかし、グーグル経営陣はそのような失敗にもひるむ気配もない。

それどころか、シュミットはこう言って失敗を奨励する。

「失敗は迅速に。そうすれば、また挑戦できる」

これは、シュミットが『エコノミスト』誌に語った白身の価値観である。

同じくペイジも『フオーチュン』誌で、かつて数百万ドル規模の失敗を犯した経営幹部を、次のような言葉でほめたことがあると語っている。

「とても喜ばしいミスをやってくれました。

というのも、石橋を叩いても渡らない会社ではなく、飛ばしすぎ、やりすぎの会社こそ、我々が望む姿ですからね。

この手のミスがすべてなくなってしまうのは、リスクを十分負っていないことにほかなりません」

言うまでもないが、失敗とイノベーションが表裏一体であるのは衆目の一致するところとはいえ、これほどリスク寛容度の高い企業も珍しい。

グーグルのイノベーションについて考察すると、「カオス」というキーワードが浮かんでくる。

マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントだったショーナ・L・ブラウンは、グーグルの事業運営担当のシニア・バイス・プレジデントに就任する前に「仕組まれたカオスとしての戦略」という副題がつけられた書籍を共著で出している(注4)。

彼女の下で人事部門を統括するラズロ・ボックは、『エコノミスト』誌のインタビューに、こう語っている。

「我々は、何と申しましょうか、カオスが好きなのです。

創造性というものは、人と人がぶつかり合い、行き場を失った時に発揮されるものです」

グーグルという土壌から生まれた革命的なサービスに、しばらくだれも気づかないこともあるが、先述のように、グーグルは急いでいるわけではない。

このようなイノベーションヘの取り組みが、大当たりするサービスを次々に生み出す方法として本当に優れているのかどうか、結論を出すには時期尚早である。

とはいえこの戦略が舌を巻くほどたくさんの新サービスや新機能を生み出していると結論するのは妥当といえるだろう。

グーグルは、20%ルールにも、また一気呵成に進める製品開発プロセスにも、真摯な姿勢を忘れない。

あなたが、市場に提供する新製品や新サービスをとにかく増やす必要に迫られているならば、グーグルのこのような姿勢には真似てみる価値がある。

7. 直観をデータで裏づける

もちろん、イノベーションのすべてをカオスに委ねる必要はない。

しかしこれが、グーグルの流儀なのだ。

その一方で、グーグルのイノベーション活動を構成する重要な要素として、アイデアを裏づけるために、データとテストを徹底的かつ積極的に駆使していることが挙げられる。

新製品について経営陣にプレゼンテーションする時は、裏づけデータを豊富に盛り込むほうが望ましいと、先のマリッサ・メイヤーも2006年にスタンフォード大学で語っている。

そもそもグーグルは、スタンフォード大学でコンピュータ科学を専攻する分析力抜群の二人の大学院生が組んで創業した企業であり、これは何も驚くに当たらない。

分析力とデータヘの傾倒ぶりは、ほとんどの企業が追随できるレベルではない。

ただし、分析力に基づいてイノベーションを評価するという姿勢ならば、たいていの企業が真似できよう。

グーグルが持っているデータ量は膨大極まりない。

たとえば、グーグルとそのパートナーのウェブサイトにアクセスした人がどのように各ページを移動したのかを記録した履歴は山のようにあり、そこから導き出された知恵を使えば、どんなに新しいアイデアやサービスでもテストできるだけでなく、それを裏づける根拠も得られる。

ただし、例のグリーン・エネルギー計画のように、インターネット以外の事業に関するものは別である。

グーグルのファクト・ベース・アナリシス(事実に基づく分析)のアプローチは、コア事業で使われている各ウェブ・ページの重要性を判断する「ページランク」アルゴリズムだけに限らない。

ウェブ・ページのデザイン変更や提供する新サービスの決定にも、このアプローチが用いられている。

無作為抽出による実験は、インターネット上では比較的簡単に実施できる。

つまり、ページ・デザインや広告、言葉づかいなどが異なるバージョンをいくつか用意し、ユーザーに提供するだけでよい。

グーグルは毎日、何千件という自社向けの実験を続けている。

グーグルの顧客もまた、このような実験を実施できる。

たとえば、グーグルに広告を掲載する価値を顧客が把握できるように、グーグルはウェブ解析企業を買収し、それを〈グーグル・アナリティックス〉と改称した。

そして現在では、インターネット広告の効果測定ができる無料ツールを顧客に提供している。

グーグルの競争力の一翼を、分析力が担っていることは言うまでもない。

これとは別の分析手法として、グーグルの社員たちをパネラー(解答者)とする300近い「社内予測市場」を活用したものがある。

こうしたアンケート・パネルを使って、次のようなことを評価している。

●新製品への需要:2009年1月1日時点で、〈Gメール〉のユーザーは何人か。

●自社や自社製品の動向:携帯電話向けプラットフオーム〈アンドロイド〉を使った電話はいつ発売されるか。

●ライバルの動向:アップルの〈iフォーン〉は、初年度に何台売れるか。

また、「どの球団がワールド・シリーズを制するか」といったお遊びにすぎないものもある。

社内予測市場は意思決定支援ツールとして、驚くほどの精度を示しうる。

しかし、一つ注意が必要だ。

すなわちこの手法には、耳当たりのよいものよりも、本音に耳を傾ける姿勢が求められることである。

またグーグルには、社員提案制度がある。

これは、新サービスや業務プロセス、企業改革に資するようなアイデアを、eメールで投稿箱に送るというものだ。

そして、送られたアイデアについて、全社員が意見を述べ、評価できるようになっている。

これも社内予測市場の一つだが、この場合、金銭を伴う賭け(グーグルの場合は仮想通貨による)の対象にはならない。

グーグルの共同創設者をはじめとする経営陣は、まるでこう言っているようなものだ。

「我々は利口だが、データを無視できるほど利口ではない。

まして、多数の優秀で意欲的な社員ほど利口でもない」

技術やデータの観点から言えば、グーグルのように、イノベーションに関する意思決定に分析的で民主的な手法を取り入れることに、多くの企業でもほとんど何の障害もないはずである。

グーグルと世の大半の企業とを隔てているのは、実は企業文化なのだ。

7. 知識労働者の力を最大化する文化の創造

グーグルの企業文化は異色のもので、他のインターネット企業との共通点も一部しかない。

アイデア・センスにも技術センスにも優れている社員が出世するという点で、グーグルの企業文化はきわめて技術中心的だ。

社内予測市場を活用している以上、グーグルは社員たちの知性と意見を重視していると考えられる。

同じく、勤務時間の一部をイノベーションに振り向けることは奨励しているのは、社員

の創造性を尊重している印である。

さらにグーグルでは、知的刺激を浴びせるために、世界有数の科学技術者から学ぶ機会を努めて提供している。

ある社員は、社内求人サイト〈グーグル・ジョブ〉のなかの社員特典のなかでとりわけ気に入っているのが、定期開催される「テック・トーク」シリーズだと語っている。

これは、「世界中から優れた研究者を招いて」開かれるもので、「社内技術者の継続的な学習と教育にグーグルがどれほど力を注いでいるのか、認識を新たにさせられた」と述べている。

この社員は、きわめて広範な刺激が得られることを示そうとして、さらにこう続けた。

これまでにグーグルで味わった「いちばんすごい体験」は、一日のうちに

「まず、有名なシェフのマリオ・バタリが来社して新著をくれたうえに、彼の料理が社員食堂のランチでふるまわれたことです。

さらにその日の午後には、トーマス・フリードマンが『フラット化する世界』について、講演しました。

そして、ロビン・ウィリアムスが即興で演じる短い喜劇で、その日が締めくくられました」

「社員が宝」という思想を、口先だけではなく心底信じている企業は、グーグルと似たやり方で社員たちを遇することだろう。

創設者を含めたグーグル経営陣は知識労働にふさわしい執務環境について、さまざまな角度から考えてきた。

たとえば、オフィスの設計や収容人数については「コミュニケーションに適したすし詰め」、全社会議の頻度は「毎週金曜日にビールを片手に」、採用面接の方法は「厳しい面接を繰り返す」といったように。

こうした基本方針は、どれも高度な科学とは無縁のものである。

とはいえ全体として見てみると、グーグルがイノベーションの人的側面を、驚くほど深く理解していることがうかがえる。

しかも、プリン、ペイジ、シュミットの三人はこれまで、たとえばSASインスティテュートなど、知識労働に携わる社員の処遇で定評のある企業を訪れ、その知恵を拝借してきた。

グーグルが特権的な待遇と引き換えに求めるものは、ほとんど強迫的ともいえるような骨身を借しまない労働である。

だからこそグーグルは、社員の採用前も採用後も、最高の人材を見極めることに並々ならぬエネルギーを注いでいる。

たとえば「テック・トーク」のホスト役を務める頻度から、採用候補者への面接で与えた評価のばらつきに至るまで、社員たちは25個の基準に沿って査定される。

ちなみに、採用候補者全員が同じように優れているわけではないため、与えた評点にばらつきがある面接者がよしとされる。

また会社側は、成績優秀な社員の特徴を体系的にモデル化している。

そして、どの社員がきわめて優秀で、「グーグルらしさ」(Googleness))という資質をいちばん備えているのか、継続的に分析したうえで、それに基づいて頻繁に採用方法を変更する。

人事考課の統制がこれほど厳しく、しかもこれほどきわめて分析的に行われている企業も珍しい。

このような文化の創造を試みる企業があるかもしれないが、そのためには、稀に見るほどの自信を、経営者が持つ必要があるだろう。

グーグルはいまなお成長し続けているが、今後も引き続き、これほど優秀で意欲的な人材の心をつかんでいけるのだろうか。

グーグルは、はたしてその輝きを維持できるのか。

現在ではフェースブック(注5)など、さらなる新興勢力が同じ人材プールをめぐって競争を繰り広げており、さらにすごい技術や流行の先端を走るサービスを持つようになるかもしれない。

くわえて、IPO(新規株式公開)以来続けてきたペースで、今後もストック・オプションを増やしていくとも考えにくく、社員向けに新たな報奨制度を工夫する必要もありそうだ。

インターネット時代のイノベーションには、市場変化を予測し、新たなサービスや機能をスピーディに提供できるダイナミックな能力が欠かせない。

激しく変化するこの事業環境のなかで、イノベーション能力を磨くうえで、グーグルのこれまでの投資は実り多いものだった。

有能な社員たちの心をつかんで離さない企業文化とイノベーション・プロセスは、時代に先駆けたものである。

21世紀の生産性と成長性のお手本は、いまのところグーグルだろう。

知識労働者を抱えてイノベーションを迫られる企業にとって、グーグル流が長期的に見てどうなのかなどと静観している余裕などあるだろうか。

とてもそうは思えない。

(HBR2008年4月号より)

【注】

1)

Marco lansiti and Roy Levien,The Key-stone Advantage: What the New Dynamics of Business Ecosystems Mean for Strategy, Innovation, and Sustainability,

Harvard Business School Press, 2004. 邦訳は2007年、翔泳社より。

2)

ソーシャル・ブックマーク・サービス企業。URLはdel.icio.us

3)

インターネットなどを通じて、不特定多数の人々の知識・能力を活用すること。

4)

Shona L. Brown and Kathleen M. Eisenhardt, Competing on the Edge: Strategy As Structured Chaos, Business School Press, 1998. (邦訳『変化に勝つ経営』トッパン、1999年)を参照。

5)

世界第2位のソーシャル・ネットワーキング・サービス。2004年、当時ハーバード大学の学生だったマーク・ザッカーバーグが創業した。

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【図表2 グーグルを手本とすべき企業】

イノベーション能力を改善したいのであれば、これまでグーグルの成功に寄与してきた主要な特徴を真似してみてはどうだろう。

(1) Strategic Patience 戦略的忍耐

[メリット]

・市場全体をカバーできる生態系を形成することで、優位性を実現するチャンスが得られる。

[参考にすべき企業]

・企業のミッションが広範に及び、潜在的な市場規模も巨大な企業

・自社製品が成功するためには、相互補完的な製品やサービスで構成される生態系が不可欠な企業

・大規模なコミュニティやユーザー基盤のおかげで、製品の価値が高まると考えられる企業

[落とし穴]

・業績が短期的に不振になると、資本市場から制裁を受ける可能性がある。

・チャンスに乗じて利益を生み出す効率やスピードにおいて、忍耐強くない競合他社に負ける可能性がある。

・若い人材を長期的につなぎとめることに苦労する。ストック・オプションによるつなぎ止めにも限界がある。

(2) Infrastructure Built to Support Innovation イノベーションを支援するインフラ

[メリット]

・規模による経済性と効率性が得られる。

・開発にサード・パーティを活用し、新サービスや新機能を速やかに追加できる。

[参考にすべき企業]

・サード・パーティや顧客の力を借りて、製品開発に何度も取り組む意欲のある企業

・イノベーション活動の一部始終に目を光らせたい企業

・生態系によって情報の流れを最適化することで、ここを支配できるチャンスが得られる企業

[落とし穴]

・グーグルよりも小規模だからといって、ITインフラを構築し維持することは複雑で、コストがかさむ。

(3) Ecosystem That Enables Architectural Control 生態系によるアーキテクチャフの支配

[メリット]

・新製品の改良と開発期間の短縮が可能になる。

・状況の変化を継続的に把握できる。

・生態系にタダ乗りして得をしているパートナーを特定し、排除できる。

[参考にすべき企業]

・生態系が複雑で、構成者同士が相互に補完し合っており、このような相互依存関係すべてに目を光らせる必要がある企業

[落とし穴]

・イノベーションの成功は、パートナーの貢献次第である。品質の低い、または魅力的ではないパートナーの製品によって、みずからの看板に傷がつく。

・優れたイノベーションでも、うまく統合するのが難しいことがある。

・生態系の構成者同士の信頼が損なわれると、複雑な生態系が崩れていく。これはえてして、アーキテクチャーを不当に支配しようとすることで生じる。

(4) Innovation Built into Job Description イノベーション活動を職務記述書に盛り込む

[メリット]

・矢継ぎ早の製品開発によって急成長できる。

・社員たちが意欲的かつ生産的で、楽しく働くことができる。

[参考にすべき企業]

・ロングテール、つまり顧客ニーズが多岐にわたる企業

・たくさんの業務分野でイノベーションが必要な企業

・自社製品に求められる要件が不明確で、特定するのが難しいなどのため、迅速なテストや反復的な改良が求められる企業

[落とし穴]

・実験に費やす時間が増え、業務の生産性が損なわれかねない。

・突発的な「スカンク・ワークス」(秘密プロジェクト)は管理が野放しになりかねない。

・矢継ぎ早に新製品が登場するため、組織と顧客の双方を混乱させかねない。

(5) A Cultivated Taste for Failure and Chaos 失敗やカオスから価値を引き出す

[メリット]

・広く参加者を集めることで、画期的で大胆なイノベーションが実現する。

[参考にすべき企業]

・おびただしいイノベーションを求める企業

・主たるバリュー・プロポジションがエンジニアリングではなく、ユーザー経験にある企業

[落とし穴]

・適切な学習スキルや記憶力を欠く組織では、社員たちがミスを繰り返す。

・調整が不適切な場合は、製品グループ同士が重複するおそれがある。

(6) Using Data to Vet Inspiration 直感をデータで裏づける

[メリット]

・直観的なイノベーション・プロセスによって、客観的分析と的確な意思決定を両立できる。

[参考にすべき企業]

・カオスの影響を緩和したい企業

・新興業界の企業(打ち手が効果的か、そうではないのか、確信できない)

[落とし穴]

・信頼性が高い情報源に基づく良質なデータが不可欠。

・分析過剰に陥りやすい傾向に経営陣がブレーキをかける必要がある。

・データ第一主義の企業は、競争環境の大変化を見逃しうる。

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